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短編小説

「医師が最後に選んだもの」 第4話 自然治癒力

「医師は病気を治すのではない。患者が回復する力を支える仕事なのかもしれない。」

統合医療シンポジウム当日。

高橋誠は、会場となった大学病院の講堂へ足を運んでいた。

受付には、医師だけでなく、歯科医師、薬剤師、看護師、管理栄養士、理学療法士など、多くの医療従事者が集まっている。

皆が共通して抱いているのは、「治療の先にある医療とは何か」という問いだった。


最初の講演は、免疫学を専門とする教授によるものだった。

スクリーンには大きく一つの言葉が映し出される。

「恒常性(ホメオスタシス)」

教授は穏やかに話し始めた。

「人の身体には、体温や血圧、血糖値などを一定の範囲に保とうとする仕組みがあります。」

「この恒常性が保たれているからこそ、私たちは健康な状態を維持できます。」

高橋は熱心にメモを取る。

「つまり、健康とは外から与えられるものではなく、身体が本来持つ働きによって支えられているのですね。」

教授はうなずいた。

「その通りです。」


続いて、リハビリテーション科の医師が登壇した。

「骨折した患者さんを思い浮かべてください。」

「私たち医師は骨を整復し固定します。」

「しかし、骨そのものを修復するのは患者さん自身の身体です。」

会場は静まり返る。

「風邪も同じです。」

「適切な治療で症状を和らげることはできます。」

「しかし、最終的な回復には身体本来の働きが欠かせません。」

高橋は、これまで当たり前に診てきた診療を改めて見つめ直していた。


昼休み。

高橋は大学時代の同級生で、現在は免疫学の研究者となった藤田と再会した。

「久しぶりだな。」

「講演、どうだった?」

「考えさせられたよ。」

藤田はコーヒーを飲みながら話し始める。

「最近は免疫についても研究が進んでいる。」

「ただし、免疫は『強ければ良い』という単純なものではない。」

「重要なのは、身体全体のバランスなんだ。」

「だから睡眠不足やストレス、偏った食生活が続けば、そのバランスにも影響が出る可能性がある。」

高橋は深くうなずいた。

「結局、基本的な生活習慣が大切なんだな。」

「そういうことだ。」


午後のシンポジウムでは、「生活習慣と自然素材」をテーマにしたパネルディスカッションが行われた。

司会者が最初に強調した。

「自然素材は医薬品ではありません。」

「病気の治療や予防を目的とするものではなく、健康的な生活習慣の一部として考える必要があります。」

その前提のもとで、国内外の研究動向が紹介される。

緑茶。

発酵食品。

きのこ類。

ハーブ。

そして、古くから利用されてきたさまざまな植物。

高橋は印象的だった。

誰も「これだけで健康になれる」とは言わない。

すべての講演者が口をそろえて語るのは、

「食事・睡眠・運動・休養という土台があってこそ」

ということだった。


講演後、村上教授が高橋へ声を掛けた。

「どうでしたか。」

「非常に勉強になりました。」

「自然療法という言葉には、以前は少し距離を感じていました。」

「でも今日の話を聞いて印象が変わりました。」

教授は微笑む。

「科学と伝統は対立するものではありません。」

「科学的に検証できるものは検証し、根拠を積み重ねながら活用する。」

「それが現代医療の姿勢です。」


帰宅後、高橋は診療録ではなく、一冊のノートを開いた。

タイトルを書き込む。

『守る医療とは何か』

その一ページ目に、今日学んだことを整理していく。

・病気を治療することは重要。

・しかし、健康を維持するための生活習慣も同じくらい重要。

・身体には本来の恒常性と回復力がある。

・医療者は、その働きを支える視点も持つべきである。

書き終えた高橋は、静かにペンを置いた。


翌日の診療。

風邪で来院した若い会社員が言った。

「先生、早く治る薬をください。」

高橋は笑顔で答えた。

「もちろん症状を和らげる治療は行います。」

「ただ、十分な睡眠と水分補給、栄養も回復には大切です。」

患者は少し驚いた表情を見せた。

「薬だけじゃないんですね。」

「ええ。」

「身体が回復しやすい環境を整えることも大切なんです。」

患者は納得したようにうなずいた。


診療後、高橋は窓の外を眺めながら思った。

これまで自分は「治す医療」を追い続けてきた。

しかし今は、「守る医療」というもう一つの役割が見え始めている。

その探究心は、さらに深まっていく。

数日後、村上教授から一冊の論文集が届く。

テーマは、

「霊芝を含む伝統的な素材に関する研究の歩み」

高橋は表紙を見つめながら、小さくつぶやいた。

「先入観を持たず、まずは研究を読んでみよう。」

医師として最も大切なのは、信じることでも否定することでもない。

事実を学び、エビデンスを見極めること。

その姿勢が、高橋を次なる探究へ導いていく。

──第5話「霊芝研究」へ続く。


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