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短編小説

「医師が最後に選んだもの」 第3話 予防医学との出会い

「最高の治療とは、病気にならない身体を育てることかもしれない。」

「高橋先生、お待ちしていました。」

大学医学部の予防医学研究室。

高橋誠は、恩師である村上教授の研究室を訪れていた。

白を基調とした室内には、疫学や栄養学、公衆衛生学の専門書が並び、壁には国内外の学会ポスターが飾られている。

診療所とは違う静かな空気が流れていた。

「今日は面白い資料がありますよ。」

村上教授は数冊の論文を机に並べた。


「高橋先生。」

「医療の目的は何だと思いますか?」

突然の問いだった。

高橋は迷わず答えた。

「病気を治すことです。」

教授は静かに微笑む。

「もちろん、それは大切です。」

「しかし、本当に理想なのは、病気にならずに人生を送れることではありませんか。」

高橋は言葉を失った。

医師になって二十五年。

治療のことは毎日考えてきた。

しかし、「病気になる前」を医学として深く考える機会は、意外なほど少なかった。


教授は一枚のグラフを見せた。

生活習慣病の推移。

平均寿命。

健康寿命。

「日本人は長生きになりました。」

「しかし、健康で過ごせる期間との差が課題になっています。」

「治療医学だけでは、この差を十分に埋めることはできません。」

「だから今、予防医学が重要視されているのです。」

高橋は真剣にメモを取った。


午後から始まった研究会。

テーマは「生活習慣と健康維持」。

登壇したのは、栄養学、運動生理学、睡眠医学、口腔医学、公衆衛生学など、さまざまな専門分野の研究者だった。

誰一人として「万能な方法」を語る人はいない。

共通していたのは、一つの結論だった。

「健康は、一つの要素だけでは決まらない。」

食事。

睡眠。

適度な運動。

ストレスとの向き合い方。

人とのつながり。

その積み重ねが、健康の土台になる。


休憩時間。

歯科大学の教授が話しかけてきた。

「高橋先生は内科でしたね。」

「はい。」

「実は、歯科でも予防の考え方は大きく変わっています。」

「虫歯を削るだけではなく、虫歯になりにくい口腔環境をつくる。」

「医科と歯科、考え方は同じなんです。」

続いて薬剤師の研究者も加わる。

「薬も非常に重要です。」

「ただ、それだけでは健康は完成しません。」

「患者さんが生活習慣を見直さなければ、再発を繰り返すこともあります。」

高橋は深くうなずいた。

医療は、それぞれの専門分野が別々に存在するものではなく、同じ方向を向いていることを改めて実感した。


研究会の最後に、村上教授が一枚のスライドを映した。

そこには大きく書かれていた。

『治療医学は命を救う。予防医学は人生を守る。』

会場が静まり返る。

「どちらが優れているという話ではありません。」

「両方が必要です。」

「私たち医療者は、病気になった人を治療すると同時に、病気になる前の健康も支えていかなければなりません。」

高橋は、その言葉を何度もノートに書き写した。


帰り道。

大学構内の並木道を歩きながら、高橋は考えていた。

診療所へ来る患者の多くは、生活習慣病や慢性疾患を抱えている。

薬で数値は改善できる。

症状も和らぐ。

しかし、生活そのものが変わらなければ、また同じ問題を繰り返してしまうことも少なくない。

「治療だけでは足りない。」

その思いが、少しずつ確信へ変わっていった。


数日後の診察。

四十代の会社員が相談に訪れた。

「先生、健康診断で血糖値が高いと言われました。」

以前の高橋なら、数値を説明し、必要に応じて薬を検討していただろう。

しかし、この日は違った。

「まず、お仕事の生活リズムを教えてください。」

「睡眠時間は?」

「朝食は食べていますか?」

「運動する時間はありますか?」

患者は少し驚いた表情を見せた。

「そこまで聞かれたのは初めてです。」

高橋は笑顔で答えた。

「数値だけではなく、生活全体を一緒に見直しましょう。」

患者も安心したように笑った。


診療が終わった夜。

高橋は自宅の書斎で、今日の出来事を振り返っていた。

治療はもちろん重要だ。

だが、患者の十年後、二十年後まで考えるなら、予防という視点は欠かせない。

そんな時、村上教授から一通のメールが届いた。

件名は、

「統合医療シンポジウムのご案内」

メールにはこう書かれていた。

「エビデンスを踏まえながら、伝統医学や天然素材についても最新の研究を紹介します。」

高橋は少し興味を持った。

医師として、科学的根拠のない話には慎重でありたい。

だからこそ、「エビデンスを踏まえる」という言葉に引かれたのだ。

参加申し込みのボタンを押しながら、高橋は静かにつぶやいた。

「知らないことを否定する前に、まずは学んでみよう。」

その小さな決断が、やがて何千年もの歴史を持つ一つの植物――霊芝との出会いにつながっていく。

しかし、その出会いは「奇跡」ではなく、「科学的に学び続ける医師」としての新たな探究の始まりだった。

──第4話「自然治癒力」へ続く。


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