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「母は家族の最後の砦だった」 第7話 続ける意味

「特別な一日より、続けられる一日が未来を変える。」

初夏の柔らかな陽射しが山あいを照らしていた。

約束の日。

美智子は和子、そして自然食品店の店主・山本と一緒に、山間にある霊芝栽培農園を訪れていた。

車を降りると、澄んだ空気と木々の香りが身体いっぱいに広がる。

「空気まで違うみたい。」

美智子が深呼吸すると、山本が笑顔でうなずいた。

「ここへ来ると、みなさん最初にそうおっしゃいます。」


迎えてくれたのは、七十代半ばの農園主・直井健一だった。

日に焼けた穏やかな表情。

長年自然と向き合ってきた人だけが持つ、静かな存在感があった。

「遠いところ、ようこそ。」

農園を歩きながら、美智子は思わず尋ねた。

「霊芝は、どれくらいで育つんですか?」

直井は一本の原木を見つめながら答えた。

「一年や二年ではありません。」

「土づくりから考えれば、もっと長い時間ですね。」

美智子は驚いた。

「そんなに時間がかかるんですか。」

「自然は急ぎませんから。」

その一言が、美智子の心に残った。


農園には、整然と並んだ原木があった。

一本一本に、丁寧に育てられた霊芝が姿を見せている。

派手さはない。

しかし、その姿には力強さがあった。

「毎日、全部見回るんですか?」

「もちろんです。」

直井は優しく笑った。

「昨日元気だったから、今日も元気とは限りません。」

「毎日様子を見る。」

「毎日手を掛ける。」

「だから育つんです。」


その言葉を聞きながら、美智子は自分の暮らしを思い出していた。

家族には毎日声を掛ける。

料理も毎日作る。

洗濯も掃除も毎日。

それなのに、自分自身の身体だけは、毎日見てこなかった。

「疲れていても、大丈夫。」

「眠れなくても、そのうち治る。」

そう言い続けてきた。


昼食は農園の隣にある小さな食堂だった。

地元野菜の煮物。

山菜のおひたし。

雑穀ご飯。

味噌汁。

どれも素朴だが、素材の味が生きている。

「豪華じゃないのに、おいしい。」

美智子が笑うと、直井も笑った。

「身体は、高価なものだけでは喜びません。」

「毎日安心して食べられることが、一番のごちそうです。」


食後、美智子は思い切って聞いてみた。

「霊芝を育てていて、一番大切にしていることは何ですか?」

直井は少し考えてから答えた。

「続けることです。」

「続ける?」

「はい。」

「健康も畑も同じです。」

「一週間頑張っても、そのあと何もしなければ元に戻ります。」

「毎日少しずつ。」

「それが一番難しく、一番大切なんです。」


その言葉を聞いた和子が笑った。

「美智子にぴったりの話ね。」

「どうして?」

「あなたは家族のためなら毎日頑張れる。」

「でも、自分のためになると続けられなかったでしょう?」

美智子は苦笑した。

確かにその通りだった。

家族には毎日野菜を食べさせる。

夫の塩分も気にする。

義母の食べやすさも考える。

それなのに、自分は残り物で済ませることが多かった。


帰り際、直井が一冊の小さな手帳を渡してくれた。

表紙には、こう書かれていた。

『毎日の積み重ねが、未来を育てる。』

中を開くと、一日一行だけ書けるようになっている。

「難しいことは書かなくていいんです。」

「今日できたことを、一つだけ。」

「続けるためには、自分を褒めることも大切ですよ。」


その日の夜。

美智子は手帳を開いた。

最初のページに書いた。

「今日は家族と一緒にゆっくり食事をした。」

たった一行。

でも、それで十分だった。

娘がのぞき込む。

「日記?」

「ううん。」

「未来の健康の記録。」

娘は笑った。

「私も書いてみようかな。」


翌朝。

美智子は以前より三十分早く起きた。

慌てて家事を始めるのではなく、まず温かいお茶を飲む。

庭へ出て深呼吸をする。

軽く身体を動かす。

そして朝食を家族と一緒に食べる。

特別なことは何一つしていない。

でも、不思議と心が穏やかだった。


数週間後。

体調は少しずつ安定してきた。

もちろん疲れる日もある。

そんな日は、無理をしない。

以前なら「私がやらなきゃ」と思っていた。

今は違う。

「今日はお願い。」

そう言えるようになった。

夫が洗い物をする。

息子が洗濯物を取り込む。

娘が味噌汁を作る。

家族が自然に支え合うようになっていた。


ある日の夕食。

義母が嬉しそうに言った。

「この家は変わったねぇ。」

夫が笑う。

「お母さんが倒れて、ようやく気付いたんだ。」

「家族を支える人を、家族みんなで支えなきゃいけないって。」

美智子は少し照れながら笑った。

「私も気付いたの。」

「健康は、一人で頑張るものじゃないんだって。」


その夜、手帳にはこう書かれた。

『続けることは、頑張り続けることではない。』

『無理をせず、家族と支え合いながら続けること。』

そして、その下にもう一行。

『今日も笑顔で過ごせた。』

美智子は静かに手帳を閉じた。

毎日少しずつ。

霊芝が長い年月をかけて育つように、健康も一日では育たない。

だからこそ、続けることに意味がある。

そのことを、美智子は心から実感していた。

そして、その変化は、少しずつ家族にも広がり始める。

娘は料理を覚え、夫は休日に家庭菜園を始め、息子は食生活を見直し始めた。

「お母さんだけが頑張る家族」から、

「家族みんなで健康を育てる家族」へ。

新しい暮らしが静かに始まっていた。

──第8話「家族も変わる」へ続く。


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