「母は家族の最後の砦だった」 第3話 年齢のせい?
「『更年期だから仕方ない』と思っていた。」
月曜日の朝。
目覚ましが鳴る前に、美智子は目を覚ました。
時計は午前四時五十分。
身体は起きているのに、頭はまだ眠っているようだった。
「なんだか、眠った気がしない……。」
それでも布団から起き上がる。
朝食の準備を待っている家族がいる。
洗濯物もある。
義母の通院もある。
「休んでいられない。」
そう言い聞かせながら、キッチンへ向かった。
その日の昼過ぎだった。
大学生の息子・翔太から電話が入る。
「母さん……。」
「どうしたの?」
「熱がある。」
「何度?」
「三十八度七分。」
美智子はすぐに迎えに行き、自宅へ連れて帰った。
水分を用意し、熱を測り直し、病院へ連絡する。
「今日はゆっくり休みなさい。」
「ごめん。」
「謝ることじゃないでしょう。」
息子を寝かせると、今度は夕食の準備を始めた。
翌朝。
今度は高校生の娘が食卓で顔をしかめた。
「お母さん……。」
「どうしたの?」
「喉が痛い。」
熱を測る。
三十七度九分。
「今日は学校を休もう。」
美智子は娘の額に冷たいタオルを乗せた。
夫も心配そうに言う。
「流行っている風邪かな。」
「そうかもしれないわね。」
そう答えながら、自分の喉にも違和感があることには気付かないふりをした。
午後になると、義母まで咳をし始めた。
「なんだか寒気がするねぇ。」
「お義母さんも休みましょう。」
病院へ電話し、薬を受け取りに行く。
帰宅すると夕方になっていた。
時計を見る。
まだ夕飯を作っていない。
洗濯物も取り込んでいない。
「急がなきゃ。」
身体は重い。
でも、止まれない。
その夜。
ようやく家事を終えた頃には午後十時を回っていた。
夫が声を掛ける。
「美智子。」
「何?」
「今日は俺が洗い物をやるよ。」
「大丈夫。」
「でも……。」
「みんな具合が悪いんだから、私がやるしかないでしょう。」
夫は何も言えなかった。
美智子も、本当は座りたかった。
それでも身体を動かした。
翌朝。
起き上がろうとした瞬間、頭がふらついた。
天井がゆっくり回る。
「……あれ?」
布団の縁をつかみ、何とか立ち上がる。
熱を測る。
三十七度二分。
「熱はない。」
そう思った。
しかし、身体は鉛のように重い。
「疲れがたまってるだけ。」
また、自分に言い聞かせた。
スーパーのパートは休めなかった。
人手不足だったからだ。
レジを打ちながら、何度も数字を打ち間違えそうになる。
「すみません。」
お客様に頭を下げる。
同僚の由紀が心配そうに近づいてきた。
「美智子さん、本当に帰った方がいいよ。」
「大丈夫。」
「全然大丈夫そうに見えない。」
「家族も体調を崩してるの。」
「だから休めないのよ。」
由紀は静かに言った。
「だからこそ、休まないと。」
その言葉が胸に残った。
夜。
家族が眠ったあと、美智子は一人でスマートフォンを見ていた。
検索画面には、
「更年期 だるい」
「更年期 疲れが取れない」
「更年期 立ちくらみ」
たくさんの記事が表示される。
「やっぱり更年期なんだ。」
少し安心した。
理由が見つかった気がした。
しかし、その中の一つの記事には、こんな言葉が書かれていた。
『年齢だけが原因とは限りません。生活習慣や栄養、睡眠などを見直すことも大切です。』
美智子は画面を閉じた。
「そんな時間ないわ。」
そうつぶやいた。
数日後。
夫が珍しく夕食を作っていた。
「今日は俺がカレーを作る。」
「え?」
「少し座って。」
美智子は戸惑った。
座っているだけなのが落ち着かない。
「私がやるから。」
「今日はいい。」
夫は優しく笑った。
「いつも頑張ってるだろ。」
その言葉を聞いた瞬間、美智子の目に涙が浮かんだ。
「疲れてるんだな……私。」
初めて、自分で認めた瞬間だった。
その夜。
義母が静かに話しかけた。
「美智子さん。」
「はい。」
「私も若い頃、お父さんや子どもたちのために無理をした。」
「でもね。」
「『母親だから』って、自分を後回しにしていると、最後には家族が困るんだよ。」
「あなたが倒れたら、この家は回らない。」
美智子は何も言えなかった。
その言葉は、胸の奥へ静かに染み込んでいった。
翌朝。
ついに、美智子の身体が限界を迎える。
朝食を運ぼうとしたその瞬間。
視界が白くかすみ、力が抜けた。
ガシャン。
茶碗が床へ落ちる。
「お母さん!」
家族の叫ぶ声が響く。
美智子はその場に座り込んでしまった。
意識はある。
しかし、身体が動かない。
「私が倒れたら……。」
その言葉が頭をよぎる。
今まで「大丈夫」と言い続けてきた自分。
しかし身体は、ずっと前から「大丈夫ではない」と伝え続けていたのだった。
この出来事をきっかけに、美智子は初めて自分自身の健康と向き合う決意をする。
そして医師から、ある意外な言葉を聞くことになる。
「検査では大きな異常はありません。でも、生活そのものを見直す時期かもしれませんね。」
その一言が、美智子の人生を変える新しい扉を開く。
──第4話「自然の食生活」へ続く。

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