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「母は家族の最後の砦だった」 第2話 疲れが抜けない

「寝ても休んでも、朝から疲れている。」

月曜日の朝。

目覚まし時計が鳴る少し前、美智子はいつものように目を覚ました。

時計は午前五時。

身体は起きている。

けれど、疲れだけは昨日のまま残っていた。

「昨日はちゃんと寝たはずなのに……。」

布団から起き上がると、肩が重い。

腰にも鈍い痛みがある。

深呼吸をしてから台所へ向かった。

「今日は少し疲れているだけ。」

そう自分に言い聞かせながら。


炊飯器の蓋を開ける。

湯気とともに炊きたてのご飯の香りが広がる。

味噌汁を温め、焼き魚を焼き始める。

包丁を握る手が、ほんの少しだけ重い。

「お母さん、おはよう。」

娘が眠そうな顔でキッチンへ入ってきた。

「おはよう。今日は早いね。」

「テストだから。」

「しっかり朝ご飯を食べていきなさい。」

そう言いながら、自分は立ったまま味噌汁を一口飲むだけだった。


家族を送り出したあと、鏡を見る。

目の下のクマは昨日より少し濃い。

頬にも疲れがにじんでいる。

「年齢には勝てないわね。」

笑ってみせるが、笑顔はどこかぎこちなかった。


スーパーでのパート勤務。

午前中は特売日で、レジには長い列ができていた。

「ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

何百回と繰り返す言葉。

昼前になると、足が少しむくみ始めた。

休憩室で腰を下ろすと、同僚の由紀が声を掛けた。

「美智子さん、本当に顔色が悪いよ。」

「そんなことないわ。」

「昨日もそう言ってた。」

由紀は心配そうに続けた。

「ちゃんと休めてる?」

「休んでるわよ。」

「何時間寝てる?」

美智子は少し考えた。

「六時間くらいかな。」

由紀は苦笑した。

「寝てても疲れが抜けないなら、一度病院へ行った方がいいんじゃない?」

「大げさよ。」

美智子は笑って答えた。

「更年期って、みんなこんなものなんでしょう?」

由紀は返事をしなかった。


夕方。

義母を病院へ連れて行く日だった。

診察を終え、待合室で会計を待っていると、義母が美智子の顔を見つめた。

「美智子さん。」

「はい。」

「今日は少し顔色が白いね。」

「照明のせいですよ。」

「そうかねぇ……。」

義母は納得していない様子だった。

長年家族を見守ってきた人には、小さな変化がよく分かる。


帰宅すると、すぐ夕食の支度。

鍋から立ち上る湯気を見ていると、急に立ちくらみがした。

「あっ……。」

流し台に手をつく。

数秒で治まった。

「疲れてるだけ。」

誰にも言わなかった。

心配を掛けたくなかったからだ。


夕食の時間。

夫が箸を止めた。

「美智子。」

「何?」

「今日は食欲ないのか?」

「そんなことないわ。」

しかし、お茶碗にはご飯が半分ほど残っていた。

娘も気付く。

「お母さん、珍しいね。」

「お昼が遅かったから。」

また笑ってごまかす。


夜。

洗濯物を畳み終えた頃には、時計は午後十時を回っていた。

ソファに座ると、そのまま眠ってしまった。

「お母さん。」

娘に起こされて目を開ける。

「風邪ひくよ。」

「あら、ごめんね。」

立ち上がろうとすると、身体が思うように動かない。

「こんなこと初めて……。」

小さな不安が胸をよぎる。


翌朝。

朝食の準備をしながら、美智子はスマートフォンで検索していた。

「更年期 疲れやすい」

画面には同じような悩みが並ぶ。

・朝から疲れている

・寝ても回復しない

・肩こり

・だるさ

・眠りが浅い

「やっぱり、更年期なのかな。」

少し安心した。

理由が分かった気がしたからだ。

しかし、その記事の最後には、こんな一文もあった。

「症状が続く場合は、自己判断せず医療機関へ相談しましょう。」

美智子はスマートフォンを閉じた。

「そのうち良くなるわ。」

そう思いたかった。


数日後。

日曜日。

家族そろって買い物へ出かけた。

スーパーの駐車場を歩いていると、夫が驚いたように言った。

「美智子、少し休むか?」

「え?」

「歩くの、遅くなったな。」

その言葉に、美智子は少し驚いた。

自分では気付いていなかった。

昔は家族の先頭を歩いていた。

今日は、いつの間にか一番後ろになっていた。


その夜。

娘がそっと温かいお茶を持ってきた。

「お母さん。」

「ありがとう。」

「私、最近思うんだけど……。」

「何?」

娘は少しためらってから言った。

「お母さんって、いつも『大丈夫』って言うよね。」

美智子は笑う。

「本当に大丈夫だから。」

娘は静かに首を振った。

「本当に大丈夫な人は、毎日そんなに無理しないと思う。」

その言葉に、美智子は何も返せなかった。


窓の外では雨が降り始めていた。

雨音を聞きながら、美智子は考えていた。

疲れが抜けない。

朝から重い。

笑顔を作るのが少しつらい。

それでも、

「家族のため。」

その一言で、すべてを乗り越えようとしていた。

しかし身体は、少しずつ限界へ近づいていた。

まだ誰にも言えない。

まだ倒れるわけにはいかない。

そう思えば思うほど、無理は積み重なっていく。

そして、その数日後。

家族の誰も予想していなかった出来事が起きる。

まず最初に体調を崩したのは、息子だった。

それをきっかけに、家族全員へと体調不良が広がっていく。

最後まで「私がやるから」と動き続けた美智子に、ついに限界が訪れる。

──第3話「年齢のせい?」へ続く。


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