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「母は家族の最後の砦だった」 第4話 自然の食生活

「身体は、毎日食べたものでできている。」

「お母さん!」

娘の声で、美智子はゆっくり目を開けた。

気が付くと、自宅近くのクリニックの診察室だった。

点滴が静かに落ちている。

夫と娘が心配そうに椅子へ座っていた。

「ごめんね……。」

その言葉しか出てこなかった。


診察室へ呼ばれると、医師は健康診断の結果や血液検査を見ながら静かに話し始めた。

「美智子さん。」

「はい。」

「幸い、大きな病気は見つかりませんでした。」

家族全員が安堵の表情を浮かべた。

しかし、医師は続けた。

「ですが、このままの生活を続けることはおすすめできません。」

美智子は少し驚いた。

「えっ?」

「身体は病気になるずっと前から、小さなサインを出しています。」

「疲れが抜けない。」

「眠っても回復しない。」

「立ちくらみ。」

「食欲の低下。」

「それらは『年齢だから』だけで片付けられるものではありません。」


帰り道。

車の中で誰も話さなかった。

赤信号で止まったとき、夫が静かに言った。

「もっと早く休ませるべきだった。」

「あなたのせいじゃないわ。」

「でも……。」

娘が後部座席から口を開いた。

「お母さん。」

「何?」

「私たち、お母さんに甘え過ぎてた。」

その言葉に、美智子は胸が熱くなった。


翌日から一週間、医師の勧めでパートを休むことになった。

最初は落ち着かなかった。

洗濯物が気になる。

掃除が気になる。

台所も気になる。

「何もしないって、こんなに難しいのね。」

思わず笑ってしまった。


午後。

義母が縁側へ誘った。

「少しお茶でも飲もう。」

庭には夏野菜が植えられていた。

トマト。

ナス。

キュウリ。

青じそ。

「昔はね。」

義母がゆっくり話し始めた。

「食べ物は薬と同じくらい大事だって教えられたの。」

「薬と同じ?」

「そう。」

「季節の野菜を食べる。」

「旬の魚を食べる。」

「よく噛んで食べる。」

「それだけでも身体は喜ぶんだよ。」

美智子は静かに耳を傾けた。


その日の夕方。

娘がスーパーから帰ってきた。

「お母さん。」

「今日は私がご飯を作る。」

「えっ?」

「料理、教えて。」

少し不安そうに包丁を握る娘。

「玉ねぎって、こんな切り方?」

二人で笑った。

味噌汁を作り、

焼き魚を焼き、

ほうれん草のおひたしを添える。

豪華ではない。

でも、どこか懐かしい食卓だった。


食事の途中、息子が言った。

「最近、外食ばかりだったよな。」

夫もうなずく。

「忙しいと簡単なもので済ませていた。」

義母が微笑む。

「昔は毎日こんなご飯だったよ。」

美智子は食卓を見回した。

白いご飯。

味噌汁。

焼き魚。

野菜のおかず。

発酵食品。

どれも特別な料理ではない。

それでも、不思議と心まで落ち着く食卓だった。


翌朝。

美智子は少し早起きをした。

以前のように慌てて家事を始めるのではなく、庭へ出てみる。

朝露に濡れた青じそが、風に揺れている。

小さなトマトが赤く色づき始めていた。

「こんな景色、いつ以来だろう。」

忙しい毎日の中で、季節を見る余裕さえ失っていたことに気付く。


その日、夫が一冊の本を持ち帰った。

「会社の健康セミナーでもらった。」

表紙には、

『身体は、毎日食べたものでつくられる』

と書かれていた。

夕食後、家族みんなでページをめくる。

そこには難しい栄養学ではなく、

  • よく噛むこと
  • 発酵食品を取り入れること
  • 野菜や海藻、きのこを毎日の食卓に加えること
  • 食事を楽しむこと

そんな、ごく当たり前のことが書かれていた。

美智子は思った。

「特別なことじゃない。」

「昔から続いてきた食生活なんだ。」


数日後。

近所に住む幼なじみの和子が、お見舞いにやって来た。

手には大きな買い物袋を提げている。

「無理してない?」

「今は少し休んでる。」

和子は袋から野菜を取り出した。

地元で採れた野菜だった。

「最近、農家さんと話す機会があってね。」

「土づくりからこだわって育てた野菜なんだって。」

「食べ物って、育てる人の想いも一緒にいただくものなんだね。」

美智子は野菜を見つめた。

色鮮やかな葉。

土の香り。

スーパーでは気付かなかった生命力がそこにあった。


和子はさらに続けた。

「そういえば、この前ね。」

「自然素材を大切にしている健康習慣の講演会へ行ったの。」

「健康食品を売る話じゃなくて、食事や生活習慣の話だった。」

「昔から受け継がれてきた植物の話も出てきたよ。」

「植物?」

「そう。」

「何百年も前から、人々が暮らしの中で大切にしてきたもの。」

美智子は少し興味を持った。

「そんな世界があるんだ。」


その夜。

寝る前に美智子はノートを開いた。

今日食べたものを書いてみる。

朝食。

昼食。

夕食。

そして、今日笑ったことも一つ書き添えた。

「娘と一緒に料理を作った。」

その一文を見て、美智子は微笑んだ。

健康とは、何か特別なものを足すことではない。

毎日の暮らしを少しずつ整えていくこと。

その積み重ねが未来をつくるのかもしれない。

そう思い始めていた。

しかし、その講演会で聞いた「昔から受け継がれてきた植物」という言葉が、心のどこかに残り続けていた。

その植物との出会いが、美智子の健康観をさらに大きく変えていくことを、まだ誰も知らなかった。

──第5話「身体は毎日作られる」へ続く。


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