BLOG & INFO

短編小説

第5話 自然の力という考え方【5/10】

「何千年も受け継がれてきたものには、理由がある」

「先生、一つお聞きしてもいいですか。」

佐伯誠一は、湯飲みを置きながら静かに尋ねた。

「もちろんです。」

「前回、『健康は毎日の積み重ね』だと教えていただきました。」

「はい。」

「では、その積み重ねの中で、昔の人は何を大切にしてきたのでしょうか。」

先生は少し微笑み、庭に目を向けた。

初夏の風が木々を揺らしている。

「それが今日のお話です。」


先生は庭へ案内した。

畑には季節の野菜が並び、小さな薬草園には見慣れない植物が植えられていた。

「佐伯さん。」

「はい。」

「この野菜をご覧ください。」

先生は一本の人参を土から抜いた。

「スーパーでも同じ人参は売っています。」

「そうですね。」

「では、何が違うと思いますか。」

佐伯は少し考えた。

「育て方でしょうか。」

「その通りです。」

先生は土を手に取りながら続けた。

「良い作物は、良い土から育ちます。」

「土ですか。」

「土が痩せれば、どんな立派な種でも十分には育ちません。」


先生は静かに言った。

「人間の身体も同じです。」

「身体という土壌が整っていてこそ、本来の力が発揮されます。」

その言葉に、佐伯は会社経営を重ね合わせた。

最新設備を導入しても、社員が疲れ切っていては成果は出ない。

優秀な人材を採用しても、働く環境が悪ければ能力は発揮できない。

「土づくりが大切なのですね。」

先生は大きくうなずいた。

「昔の人は、それを経験から知っていました。」


部屋へ戻ると、先生は一冊の古い植物図鑑を広げた。

そこには、さまざまな植物の絵が描かれている。

「今のように薬が豊富ではなかった時代、人々は自然と共に暮らしていました。」

「山の恵み。」

「海の恵み。」

「季節の野菜。」

「発酵食品。」

「薬草。」

「きのこ。」

それらは特別なものではなく、日々の暮らしの一部だった。

「昔の人は自然を恐れるだけではありませんでした。」

「自然の力を借りながら生きていたのです。」


佐伯は質問した。

「しかし、現代は医学も進歩しています。」

「その通りです。」

先生は即座に答えた。

「医学の進歩は素晴らしいことです。」

「命を救う医療は、現代社会に欠かせません。」

「ただし。」

先生はゆっくり続けた。

「病気を治すことと、健康を育てることは、やはり別なのです。」

「自然は病気を治すためではなく、身体が本来持っている力を支えるために、昔から暮らしの中で活用されてきました。」

佐伯は静かに聞き入った。


「佐伯さん。」

先生は問いかけた。

「会社の経営理念はありますか。」

「もちろんあります。」

「毎年変えますか。」

「いいえ。」

「なぜですか。」

「大切な考え方だからです。」

先生は笑った。

「自然との付き合い方も同じです。」

「何百年、何千年と受け継がれてきた知恵には、それだけの理由があります。」

「流行だからではなく、人々が実際に生活の中で受け継いできた知恵なのです。」


帰宅後、佐伯は妻に尋ねた。

「君の母さんは、昔どんな食事を作っていた?」

妻は少し驚いた表情を見せた。

「急にどうしたの?」

「少し気になって。」

妻は懐かしそうに話し始めた。

「旬の野菜が多かったわね。」

「味噌汁は毎日。」

「漬物も手作り。」

「山菜もよく食べたし、きのこ料理も多かった。」

「そういえば、おばあちゃんは『身体は食べたものでできている』ってよく言ってた。」

佐伯は笑みを浮かべた。

「今なら、その意味が少し分かる気がする。」


翌日、昼休みに社員食堂へ向かった。

いつもならカレーライスだけを注文する。

しかし、その日は定食を選んだ。

焼き魚。

味噌汁。

小鉢。

野菜。

「社長、今日は珍しいですね。」

若い社員が声をかける。

「たまには身体にも投資しないとな。」

そう答えると、社員たちは笑った。

その言葉は冗談半分だったが、佐伯自身は本気だった。


数日後。

先生のもとを再び訪れる。

先生は一つの木箱を持ってきた。

中には乾燥した植物や、さまざまなきのこが丁寧に並べられている。

「これは、昔から世界各地で健康維持のために親しまれてきた自然素材です。」

佐伯は一つひとつを見つめた。

自然には、人間が長い年月をかけて活用してきた多くの恵みがある。

それは決して流行ではない。

生活の中で受け継がれてきた知恵だった。

その中に、一つだけ先生が大切そうに取り上げたものがあった。

艶のある深い赤褐色。

扇を広げたような独特の形。

「これは……。」

佐伯が尋ねる。

先生は静かに微笑んだ。

「これは霊芝です。」

「古くから『幻のきのこ』とも呼ばれ、人々に大切にされてきました。」

「なぜ、そこまで大切にされてきたのでしょうか。」

佐伯の問いに、先生は箱をそっと閉じた。

「その理由を知るには、霊芝そのものではなく、『どのように育てられ、どのように受け継がれてきたのか』を知る必要があります。」

「自然の恵みは、名前だけで価値が決まるものではありません。」

「育て方、環境、そして作り手の考え方まで含めて、本当の価値が決まるのです。」

佐伯は、その言葉に強く引き込まれた。

会社でも同じだった。

製品の価値は、完成品だけではない。

素材を選ぶ人、製造する人、品質を守る人、そのすべてが品質を支えている。

霊芝もまた、同じなのだろうか。

先生は静かに立ち上がり、庭の奥へ歩き始めた。

「次回は、私が初めて霊芝の生産者を訪ねた時の話をしましょう。」

「きっと佐伯さんは、『本物』とは何かを考えることになるはずです。」

夕暮れの庭を眺めながら、佐伯は新たな期待を胸に抱いていた。

健康への関心から始まったこの旅は、いよいよ一つの自然素材との出会いへと向かっていく。

──第6話「霊芝との出会い」へ続く。


プライバシーポリシー / 特定商取引法に基づく表記 / 利用規約

Copyright © 2025 酒井 恒和 All Rights Reserved.

CLOSE