連載小説・『劉備と霊芝 ― 乱世を生き抜く養生の道』
第四話 「臥龍との出会い ― 諸葛亮が語る上医の思想」
曹操との会見から数年が過ぎた。
劉備は相変わらず流浪の日々を送っていた。
敗北。
撤退。
再起。
また敗北。
普通の人間なら志を失っていても不思議ではなかった。
しかし劉備は違った。
何度倒れても立ち上がる。
それが彼の最大の強みだった。
その頃、荊州では一人の若者の噂が広まっていた。
「臥龍。」
まだ世に出ていない天才軍師。
その名は、
諸葛亮。
劉備は会いたいと願った。
だが諸葛亮はなかなか姿を見せない。
一度目は留守。
二度目も留守。
張飛は不満を爆発させた。
「兄者!そんな若造に何度も頭を下げる必要があるのか!」
関羽も苦笑する。
「普通なら諦めているだろう。」
しかし劉備は馬を降りた。
「人材を求める者が面倒を嫌がっていてはならない。」
そして三度目。
ついに諸葛亮との対面が実現した。
草庵の中にいた青年は意外なほど穏やかだった。
鋭い目をしている。
だが殺気はない。
まるで深い湖のような静けさを持っていた。
劉備は天下の話をした。
民の苦しみを語った。
理想を語った。
諸葛亮は黙って聞いていた。
やがて静かに口を開いた。
「劉皇叔。」
「あなたは天下を救いたいのですか。」
「それとも天下を取りたいのですか。」
劉備は即答した。
「民を救いたい。」
諸葛亮は微笑んだ。
「それならまだ希望があります。」
その後、有名な天下三分の計が語られる。
荊州を取り、
益州を取り、
力を蓄え、
北方へ進出する。
壮大な国家戦略だった。
劉備は驚愕した。
これほど先まで見通す人物に会ったことがなかった。
しかし話が終わろうとした時。
諸葛亮は意外なことを言った。
「ところで劉皇叔。」
「最近、よく眠れていますか。」
劉備は思わず笑った。
「軍師殿。」
「戦乱の世に眠れる者などおりますか。」
諸葛亮は真顔だった。
「だからこそです。」
劉備は興味を持った。
諸葛亮は机の上の薬草を指差した。
そこには乾燥した霊芝が置かれていた。
劉備の目が大きく開く。
「あなたも霊芝を?」
諸葛亮は頷く。
「昔から養生の学問に興味がありまして。」
「兵法も学びましたが、それ以上に人の身体を学びました。」
張飛が首を傾げる。
「軍師が医者みたいな話をするな。」
諸葛亮は笑った。
「優れた医者と優れた軍師は似ています。」
「病気になる前に防ぐ。」
「戦になる前に備える。」
「これが上策です。」
劉備は山中の老人の言葉を思い出した。
諸葛亮は続けた。
「中国には上医という考えがあります。」
「上医は病人を治しません。」
張飛が驚く。
「治さないのか?」
「では何をする?」
諸葛亮は答えた。
「病気になる前に防ぐのです。」
部屋が静まり返る。
「病気になってから治療するのは下医。」
「病気になる前に整えるのが上医。」
「国も同じです。」
「乱れてから立て直すより、乱れないようにする方が良い。」
関羽が深く頷いた。
「確かにその通りだ。」
諸葛亮はさらに言う。
「将軍も同じです。」
「倒れてから治すのでは遅い。」
「疲弊してから休むのでは遅い。」
「だから私は養生を重視します。」
劉備は感心していた。
これまで出会った知識人とは考え方が違う。
諸葛亮は戦術だけを語る男ではなかった。
人の本質を理解していた。
「劉皇叔。」
「あなたには大きな志があります。」
「ですが天下統一は一年や二年で終わりません。」
「十年。」
「二十年。」
「あるいはそれ以上です。」
劉備は黙って聞いた。
「志だけでは続きません。」
「身体が必要です。」
「心が必要です。」
「毎日の積み重ねが必要です。」
諸葛亮は霊芝湯を差し出した。
「英雄ほど自分を酷使します。」
「だから英雄ほど養生が必要なのです。」
劉備は静かに杯を受け取った。
香りが立ち上る。
深い森を思わせる香りだった。
一口飲む。
苦い。
だがどこか懐かしかった。
あの日、山中で出会った老人の霊芝と同じだった。
諸葛亮が微笑む。
「天下を争う者は多い。」
「しかし天下を治められる者は少ない。」
「なぜだと思いますか。」
劉備は答えた。
「民のことを考えないからか。」
諸葛亮は首を振った。
「途中で倒れるからです。」
その言葉は劉備の胸に深く刺さった。
確かにそうだった。
どれほど優れた志も。
どれほど優れた才能も。
途中で倒れれば終わる。
諸葛亮は静かに言った。
「長く歩める者が最後に勝ちます。」
「それは戦でも人生でも同じです。」
その日。
劉備は天下最高の軍師を得た。
そしてもう一つ。
長期戦を戦い抜くための確信を得た。
霊芝は奇跡を起こす薬ではない。
しかし長い人生を支える知恵の象徴だった。
後に劉備軍は奇跡のような躍進を遂げる。
だがその成功の裏には、
志を支える身体。
身体を支える養生。
そして未来を見据える諸葛亮の思想があったのである。
第五話「赤壁前夜 ― 周瑜が見抜いた勝者の条件」へ続く。

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