【土曜日企画】トーチが訪ねる 日本の宝もの❶⑮
第1シリーズ「日本の健康食材を訪ねる」
第15話 九州椎茸農家を訪ねて ― 森の恵みと、手間を惜しまない人々の仕事 ―
山あいの森に入ると、木々の間を抜ける風が、静かに頬をなでます。
木漏れ日の差し込む林の中。そこには、自然の力を借りながら、じっくりと育てられている食材があります。
それが、椎茸です。
鍋物や煮物、炒め物、炊き込みご飯。日本の食卓でおなじみの椎茸ですが、その一つひとつが、どのように育ち、どんな人の手を経て届けられているのか、考える機会は意外と少ないかもしれません。
今回、私たちが訪ねるのは、九州の椎茸農家。
特に大分県は、古くから乾燥椎茸の産地として知られ、原木栽培をはじめとする椎茸づくりが受け継がれてきた地域です。
森の恵みを生かし、自然と向き合いながら椎茸を育てる人々。その仕事の中に、日本の食文化を支えてきた知恵を探してみましょう。
1.九州の森が育む、椎茸のふるさと
九州には、山々に囲まれた豊かな森林が広がっています。
大分県をはじめ、宮崎県、熊本県、福岡県など、各地で椎茸の生産が行われています。
中でも大分県は、乾燥椎茸の産地として全国的にも知られています。
椎茸づくりにとって、森林は大切な環境です。
椎茸は、木材を栄養源として育つきのこの一種です。自然界では、枯れた木や倒木などに発生します。
その性質を生かした栽培方法が「原木栽培」です。
クヌギやコナラなどの広葉樹を伐採し、適切な長さに切りそろえた原木に、椎茸の菌を植え付けます。
その後、菌が木の内部に広がるまで時間をかけて管理し、発生に適した環境を整えていきます。
森の木を生かし、きのこの成長を見守る。
椎茸づくりは、自然の循環と深く結びついた仕事なのです。
2.原木栽培と菌床栽培、それぞれの特徴
椎茸の栽培方法には、大きく分けて「原木栽培」と「菌床栽培」があります。
原木栽培は、クヌギやコナラなどの原木に椎茸菌を植え付け、木の養分を利用して育てる方法です。
自然の気温や湿度の変化を受けながら育つため、栽培には経験と細やかな管理が必要になります。
一方、菌床栽培は、おが粉などの木質材料に栄養源を加えて固めた培地に、椎茸菌を植え付けて育てる方法です。
施設内で温度や湿度を管理しながら生産できるため、安定した供給に適しています。
どちらが一方的に優れているということではありません。
原木栽培には、自然の木を使って育てる特徴があり、菌床栽培には、環境を管理しながら生産する特徴があります。
大切なのは、それぞれの栽培方法を理解し、どのような環境で、どのように育てられた椎茸なのかを知ることです。
食材を選ぶとき、栽培方法に目を向けることも、品質を理解する一つの手がかりになります。
3.椎茸が育つまでに必要な、農家の仕事
椎茸づくりは、菌を植え付ければ終わりという仕事ではありません。
原木栽培の場合、まず原木となる木を準備し、椎茸菌を植え付けます。
その後、菌が木の中に十分に広がるよう、原木を適切な環境で管理します。
この期間には、温度や湿度、日当たり、風通しなどへの配慮が欠かせません。
やがて発生に適した条件が整うと、原木から椎茸が顔を出します。
小さな芽が少しずつ大きくなり、傘が開いていく様子は、農家にとってもうれしい瞬間でしょう。
しかし、収穫のタイミングを見極めるのも簡単ではありません。
大きさや傘の開き具合、天候などを確かめながら、一つひとつ状態を見て収穫します。
自然を相手にする以上、毎年同じように育つとは限りません。
雨の降り方や気温の変化によって、発生の時期や収穫量も変わります。
だからこそ、生産者には経験と観察力が求められるのです。
私たちが何気なく食べている椎茸の裏側には、季節ごとに続けられる農家の仕事があります。
4.乾燥椎茸に受け継がれた、日本の保存の知恵
椎茸には、生椎茸だけでなく、乾燥椎茸という魅力的な姿があります。
収穫した椎茸を乾燥させることで、水分が減り、保存しやすくなります。
昔は、冷蔵庫や冷凍庫が今のように普及していませんでした。
そのため、食材を乾燥させて保存することは、季節の恵みを長く楽しむための大切な知恵でした。
乾燥椎茸も、その知恵から生まれた食品の一つです。
乾燥させることで、生椎茸とは異なる香りや味わいが生まれます。
特に、乾燥椎茸を水で戻したときに得られる戻し汁には、うま味成分が含まれています。
煮物や鍋物、炊き込みご飯、汁物などに使えば、料理に深い味わいを加えることができます。
また、乾燥椎茸は保存性に優れ、必要な分だけ戻して使える便利さもあります。
自然の恵みを無駄にせず、長くおいしく食べる。
乾燥椎茸には、昔の人々が暮らしの中で培ってきた保存の知恵が息づいています。
5.椎茸の栄養と、毎日の食卓への取り入れ方
椎茸は、日々の食生活に取り入れやすいきのこです。
食物繊維を含み、ビタミンB群などの栄養素も含まれています。
また、椎茸にはエルゴステロールという成分が含まれており、紫外線を受けることでビタミンDに変化する性質があります。
ただし、栄養成分の量は、栽培方法や乾燥の有無、保存状態、調理方法などによって異なります。
特定の食品だけに頼るのではなく、さまざまな食材を組み合わせて食べることが大切です。
椎茸の魅力は、栄養面だけではありません。
例えば、焼き椎茸に少量の醤油を添える。煮物に加えて、だしのうま味を楽しむ。炊き込みご飯に入れて、香りを味わう。
乾燥椎茸なら、戻し汁も料理に活用できます。
特別な調理をしなくても、いつもの食卓に自然に取り入れられるのです。
素材そのものの味を楽しむこと。
それも、昔から日本人が大切にしてきた食の知恵ではないでしょうか。
6.森を守ることが、椎茸づくりを守ること
椎茸農家の仕事を考えるとき、忘れてはならないのが森林との関係です。
原木栽培では、椎茸を育てるための原木が必要です。
クヌギなどの広葉樹を適切に伐採し、森林を管理しながら利用することは、森の循環にも関係しています。
木を使い、また新しい木を育てる。
そうした森林資源の循環を維持するには、長い時間と継続的な管理が必要です。
しかし、椎茸農家を取り巻く環境は決して簡単ではありません。
生産者の高齢化、後継者不足、原木の確保、資材費や人件費の上昇など、さまざまな課題があります。
長年受け継がれてきた原木栽培の技術を、次の世代へどう伝えていくか。
地域の森林を守りながら、農業として成り立たせていくにはどうすればよいのか。
生産者たちは、日々の仕事を続けながら、こうした課題と向き合っています。
椎茸を食べることは、森の恵みをいただくことでもあります。
その背景にある森林や生産者の仕事にも目を向けていきたいものです。
7.トーチが大切にしたい、食材の向こう側にある物語
私たち「トーチ」が大切にしているのは、商品の見た目や価格だけではありません。
どんな土地で育ったのか。どんな人が作っているのか。どのような方法で生産され、どんな思いで届けられているのか。
そうした背景を知ることで、食材の価値は、もっと深く理解できると考えています。
九州の椎茸も、ただのきのこではありません。
森を管理する人がいて、原木を準備する人がいて、椎茸を育てる人がいる。
そして、収穫した椎茸を乾燥させ、加工し、私たちの食卓へ届ける人がいます。
一つの食材の向こう側には、自然と人の営みがつながっています。
私たちは、そうした作り手の努力や地域の文化を大切にしながら、本当に良いと思えるものを選び、その価値を伝えていきたいと考えています。
旅をするように、日本各地の食材と出会う。
そして、その土地に受け継がれてきた知恵や物語も一緒に届ける。
それが、トーチの目指すセレクトショップの姿です。
おわりに ― 森の恵みを、次の世代へ
九州の椎茸農家を訪ねると、一つの食材ができるまでに、どれほど多くの時間と手間がかけられているのかが見えてきます。
木を育て、森を守り、椎茸を栽培し、収穫し、食卓へ届ける。
その仕事は、自然の恵みをいただきながら、次の季節、そして次の世代へとつないでいく営みでもあります。
私たちが普段何気なく食べている椎茸。
次に手に取るときは、その香りや味わいだけでなく、育った森や生産者の仕事にも思いを巡らせてみてください。
いつもの食卓にある一品が、日本の自然と人の知恵を感じるきっかけになるかもしれません。
本当に良いものは、良い人と、良い土地から生まれる。
トーチが訪ねる、日本の宝もの。
次回は、食材を育む大切な自然の恵み、「日本の水が健康を育てる理由」を訪ねます。

