連載【一粒の値段――「高い」と言われたドライフルーツの秘密】 第2話
第2話 一粒になるまでに失われるもの
「ねえ、ちょっと待って」
夕食後、美紀はスマートフォンを片手に、健一を呼び止めた。
「この前のドライフルーツの話なんだけど」
「うん」
「生のぶどうを乾燥させると、水分が抜けるんだよね?」
「そう」
「じゃあ……」
美紀はテーブルの上に置いてあったぶどうを一粒つまんだ。
「この一粒が、乾燥したらどれくらい小さくなるの?」
健一はぶどうを見ながら答えた。
「かなり小さくなるよ」
「そんなに?」
「だって、ぶどうって、食べるとみずみずしいでしょう?」
「確かに」
「その“みずみずしさ”のかなりの部分が、水分なんだよ」
美紀は一粒のぶどうをじっと見つめた。
「……ということは、ドライフルーツが少なく見えるのって、果物そのものが少ないからじゃないんだ」
「そこがポイントなんだよ」
■ぶどうの中には、たくさんの水分がある
私たちが生のぶどうを食べたときに感じる、
「みずみずしい」
「ジューシー」
という感覚。
その大きな要因の一つが、果実に含まれている水分です。
ぶどうは、そのままでは水分を多く含んでいます。
だから、一房を手にすると、それなりの重さがあります。
ところが、ドライフルーツにするために乾燥させると、その水分が少しずつ抜けていきます。
すると、
重さが減る。
体積が小さくなる。
見た目の量も少なくなる。
これが、ドライフルーツが「少量」に見える大きな理由です。
ここで重要なのは、
「小さくなった=果物そのものが減った」ではない
ということです。
果実の中から、主に水分が取り除かれることで、全体の重量や大きさが変化しているのです。
■「100gのぶどう」と「100gのドライフルーツ」は同じではない
ここが、価格を考えるうえで非常に重要なポイントです。
例えば、生のぶどう100gとドライフルーツ100gを比べたとします。
数字だけを見ると、
「どちらも100gだから、同じくらいの量」
と思ってしまいます。
しかし、実際には違います。
ドライフルーツ100gを作るためには、乾燥によって失われる水分を考える必要があります。
つまり、
完成したドライフルーツ100g=生の果物100g
ではありません。
乾燥によって水分が抜ける分、それだけ多くの生果が必要になる場合があります。
だから、ドライフルーツの袋を見て、
「こんなに少ないのに、この値段?」
と感じたときには、
「この袋に入っている重さだけを見ていないか?」
と、一度考えてみる必要があります。
■水分が抜けると「価値」まで抜けるのか?
美紀は、少し考え込んでいた。
「でもさ……」
「うん?」
「水分が抜けて小さくなるなら、栄養とかも一緒に減っちゃうの?」
健一は答えた。
「そこは、全部が同じように失われるわけじゃないよ」
「そうなの?」
「乾燥によって水分が減ることと、食品中の成分がどう変化するかは別の話だからね」
これは、ドライフルーツを理解するうえで大切なところです。
「水分が抜ける」という言葉から、
「果物の中身が全部なくなる」
ように感じてしまうかもしれません。
しかし、実際にはそうではありません。
乾燥によって大きく減るのは、まず水分です。
その結果、果実は小さくなり、重量も減ります。
一方で、果物そのものが持っていた特徴まで、単純に「なくなる」と考えることはできません。
だからこそ、ドライフルーツは、
「果物を小さくしたもの」ではなく、「果物から水分を取り除いて、別の形にした食品」
と考えるほうが分かりやすいのです。
■一粒の中に「乾燥する前の果実」がある
ドライフルーツを一粒手に取ったとき、
「これだけ?」
と思うかもしれません。
しかし、その一粒ができるまでには、乾燥する前の果実があります。
収穫されたぶどう。
選ばれた原料。
そして、そこから水分を取り除く加工。
つまり、目の前にある小さな一粒だけを見て、
「少ない」
と判断するのは、少し早いのです。
ドライフルーツを見るときには、
「乾燥する前は、どんな果物だったのか」
まで想像してみる。
それだけでも、商品の見え方は変わってきます。
■だから「少ない=高い」とは限らない
食品の価格を考えるとき、私たちはどうしても、
「量が多い=お得」
と考えがちです。
もちろん、量は大切な判断材料です。
しかし、ドライフルーツの場合は、
乾燥によって重量が大きく変わる
という特徴があります。
そのため、
「○gだから安い」
「○gだから高い」
だけでは、本当の価値を判断しにくいのです。
原料となる果物が何なのか。
どのような品質の果実なのか。
どのような加工をしているのか。
そして、どこまで手をかけて商品にしているのか。
こうした要素を合わせて考える必要があります。
■水分を抜く。それだけでは商品にならない
ここで、もう一つ大切なことがあります。
「じゃあ、水分を抜けば簡単にドライフルーツができるの?」
美紀がそう尋ねると、健一は首を横に振った。
「そこが、次の話なんだ」
「まだあるの?」
「もちろん」
生のぶどうには、もともとの原料価格があります。
しかも、ナガノパープルやシャインマスカットのような品種を原料として使うなら、その果物そのものにも価値があります。
そして、旬の果実を扱うには、タイミングも重要になります。
「なるほど……」
美紀はうなずいた。
「水分が抜けるから小さくなる。でも、小さくなったものだけを見て値段を判断すると、本当のことが分からないんだね」
「そういうこと」
「じゃあ次は……」
美紀はスマートフォンの商品ページをもう一度開いた。
「そもそも、このぶどう自体が、いくらくらいの果物なのか?」
健一が笑った。
「そこに目を向けると、もっと分かってくるよ」
■「一粒の値段」を考えるということ
ドライフルーツの価格を考えるとき、大切なのは、
「袋の中に何g入っているか」だけではありません。
その一粒になるまでに、
生の果実があり、
そこから水分が抜け、
重量と大きさが変わり、
さらに加工され、
商品として届けられます。
つまり、一粒の値段には、その一粒になるまでの過程が含まれているのです。
そして、その出発点にあるのが、
「どんな果物を原料にするのか」
という問題です。
ナガノパープルなのか。
シャインマスカットなのか。
一般的なぶどうなのか。
同じ「ぶどう」でも、原料の価値は同じではありません。
だからこそ、次回はさらに一歩踏み込んで、
「そもそも、このドライフルーツに使われている果物はいくらなのか?」
を考えてみます。
今回のポイント
- 生のぶどうは水分を多く含んでいる
- 乾燥すると水分が抜け、重量や体積が小さくなる
- 「少量に見える=果物そのものが少ない」とは限らない
- 生果100gとドライフルーツ100gは、単純比較できない
- ドライフルーツの価格は、完成品の重量だけで判断しないことが大切
- 一粒の価格には、原料から加工までの過程が関係している
次回、第3話「果物そのものの値段――なぜ、このぶどうなのか」へ続く。

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