連載【一房の葡萄を選ぶ理由――信州の果実がドライフルーツになるまで】第6話
第6話 皮ごと味わうということ
「ナガノパープルとシャインマスカットって、どちらも皮ごと食べられるんですよね?」
美紀は、テーブルの上に並んだ二種類の葡萄を見ながら尋ねた。
「そう。そこは、この二つの葡萄を選ぶうえで大きなポイントなんだ」
健一は、一粒のナガノパープルを手に取った。
濃い紫色の皮。
その内側には、みずみずしい果肉がある。
次に、シャインマスカットを見る。
こちらは鮮やかな緑色。
薄い皮の向こうに、果肉が透けて見える。
「でも、皮って普通は捨てるものじゃないんですか?」
「葡萄によってはね。でも、この二つは違う」
ここまで話してきたように、ナガノパープルとシャインマスカットには、それぞれの品種ならではの個性があります。
そして、その個性は果肉だけにあるわけではありません。
皮も含めて、一粒の葡萄なのです。
■ 「皮をむかない」という小さな違い
生の葡萄を食べるとき、
「皮をむくのが面倒だな」
と感じた経験はないでしょうか。
りんごなら、皮をむく人もいます。
桃も、皮をむいて食べることがあります。
しかし、皮ごと食べやすい葡萄なら、その手間がありません。
房から一粒取って、そのまま口へ。
それだけです。
「確かに、楽ですよね」
「うん。でも、ドライフルーツになると、この特徴はもっと重要になる」
「どうして?」
健一は、完成したドライフルーツをテーブルに置いた。
「加工するときに、果肉だけを使うのか。それとも、皮も含めて果実を活かすのか。そこが変わってくるからだよ」
■ 果実を「丸ごと」見る
ドライフルーツをつくるとき、果物のどの部分を使うのかは重要です。
果肉だけを取り出して加工する方法もあります。
しかし、皮ごと食べられる葡萄なら、皮も含めて一つの果実として考えることができます。
これは、単なる「手間を省く」という話ではありません。
一粒の葡萄を、
果肉だけではなく、皮も含めた一つの果実として見る。
そこに、ナガノパープルとシャインマスカットを原料にする意味があります。
もちろん、生の葡萄とドライフルーツでは、食感も味わいも変わります。
乾燥によって水分が減るため、皮の存在感も生のときとは違って感じられます。
それでも、
「この葡萄を、できるだけそのまま活かしたい」
という考え方は変わりません。
■ 皮ごと食べるからこそ「原料」が大切になる
ここで、前回の話につながります。
「良い果物って、甘いだけじゃない」
という話です。
葡萄の価値は、糖度という数字だけでは測れません。
香りがあります。
食感があります。
色があります。
そして、皮があります。
それらを含めて、その品種の個性です。
だから、ドライフルーツにする場合も、
「どんな葡萄を使うか」
が重要になります。
皮ごと味わうなら、なおさらです。
「加工する前から、原料選びが大事なんですね」
「そう。だから、安い葡萄を仕入れて、加工で味をつくるという考え方とは違うんだ」
選んだ果実の価値を、加工によってできるだけ活かす。
そのためには、最初の原料選びが欠かせません。
■ ここで「砂糖を加えない」意味が見えてくる
健一は、ドライフルーツを一粒つまんだ。
「そして、もう一つ大切なのが、これ」
「何ですか?」
「この甘さ」
美紀がドライフルーツを口に入れる。
「……甘いですね」
「でも、砂糖は加えていない」
「え?」
美紀が驚いた。
トーチのドライフルーツは、砂糖を添加していません。
葡萄そのものが持っている甘さを活かして乾燥させています。
つまり、
「砂糖で甘くした葡萄」ではなく、「葡萄そのものの甘さを活かしたドライフルーツ」
なのです。
これは、今回の「皮ごと味わう」という話にもつながります。
皮も果肉も含めて、一つの葡萄。
そして、その葡萄がもともと持っている甘さも、できるだけそのまま活かす。
余計な味を足して、別の食品に作り変えるのではありません。
■ オイルも加えない
「じゃあ、オイルは?」
美紀が尋ねた。
「それも使わない」
トーチのドライフルーツは、オイルなどの添加物も使用しません。
ここも、商品の大きな特徴です。
ドライフルーツによっては、加工や仕上がりのために油脂などが使われる場合があります。
しかし、私たちが目指したのは、
葡萄そのものを主役にすること。
だから、砂糖で甘さを足さない。
オイルで別の味わいや食感を加えない。
できるだけ、葡萄そのものの魅力に向き合う。
「何も足さない」ということ自体が目的なのではありません。
原料の価値を邪魔しないために、足さない。
これが、トーチの考え方です。
■ 「無添加」という言葉だけでは伝わらない
食品売り場で、
「砂糖不使用」
「オイル不使用」
「無添加」
という表示を見ることがあります。
それだけで、なんとなく良さそうに感じる人もいるでしょう。
しかし、本当に大切なのは、
「なぜ使わないのか」
ではないでしょうか。
トーチの場合、その理由は明確です。
ナガノパープルには、ナガノパープルの甘さと個性がある。
シャインマスカットには、シャインマスカットの甘さと香りがある。
だから、
「砂糖を加えて甘くしよう」
とは考えない。
果実そのものに価値があるなら、その価値を活かしたい。
だから、
砂糖を加えない。
そして、
オイルなどの添加物も加えない。
この順番なのです。
■ 乾燥するだけで、本当に甘くなるの?
「でも、乾燥するとどうして甘く感じるんですか?」
美紀が尋ねた。
生の葡萄には水分がたくさん含まれています。
その水分を乾燥によって減らしていくと、果実は小さくなります。
一方で、果実に含まれていた糖などの成分は、同じように水分だけがなくなるわけではありません。
そのため、生の葡萄とは違った濃厚な味わいとして感じられます。
だからこそ、砂糖を加えなくても、葡萄本来の甘さを楽しむことができます。
ここが、ドライフルーツの面白いところです。
「甘くする」のではなく、「もともとの甘さを活かす」。
これが、トーチの基本的な考え方です。
■ 皮も、甘さも、香りも「葡萄のもの」
美紀は、ナガノパープルとシャインマスカットを並べた。
「考えてみると、全部つながっていますね」
「そうなんだ」
「皮ごと食べられる葡萄を選ぶ」
「うん」
「砂糖を加えない」
「うん」
「オイルも加えない」
「そう」
「つまり、できるだけ葡萄そのものを活かす」
健一は笑った。
「そこが、このドライフルーツの考え方なんだよ」
皮だけを取り出して考える。
果肉だけを考える。
糖度だけを見る。
価格だけを見る。
そうではなく、
一房の葡萄全体を見る。
そして、その果実の個性をできるだけ活かした形で届ける。
だから、原料選びと加工方法が一本につながるのです。
■ 「足さない」からこそ、果物の個性が問われる
ただし、ここには一つ難しさがあります。
砂糖を加えない。
オイルも加えない。
つまり、別の材料で味を補うことができません。
これは、原料となる葡萄の個性が、そのまま商品の味に影響するということでもあります。
「じゃあ、原料選びがますます重要になりますね」
「そう。だから、私たちは『何を安く仕入れるか』ではなく、『何をお客様に届けたいか』から考えたいんだ」
これは、ドライフルーツに限った話ではありません。
食品は、原料が商品づくりの出発点です。
良い原料を選び、その特徴を活かす。
そして、必要以上に味をつくらない。
昔ながらの食品づくりにも通じる、非常にシンプルな考え方です。
■ 一粒を食べてみる
美紀は、ナガノパープルのドライフルーツを一粒食べた。
「……最初に葡萄の甘さがきて、そのあとに皮の感じが残りますね」
「そう。それが、この葡萄の個性なんだと思う」
次に、シャインマスカットを食べる。
「こっちは香りが違う」
同じ葡萄でも、味わいが違う。
色も違う。
香りも違う。
そして、皮の存在感も違う。
それぞれの個性があるからこそ、二つの葡萄を商品にする意味があります。
「二種類あると、食べ比べもできますね」
「それも、この商品の楽しみ方の一つだね」
■ 「皮ごと味わう」は、商品づくりの考え方でもある
果実の皮を食べる。
一見すると、単純なことのように思えます。
しかし、今回の話を振り返ると、そこには商品の考え方そのものが表れています。
皮だけを捨てない。
果肉だけを取り出さない。
砂糖を足さない。
オイルも足さない。
できるだけ余計なものを加えず、
果実そのものを活かす。
これは、「何もしない」という意味ではありません。
むしろ逆です。
原料を選ぶ。
品質を見る。
乾燥させる。
状態を確認する。
そして、果実の個性を壊さないように加工する。
足さないためには、原料と加工に向き合う必要があります。
そこに、商品の価値があります。
■ 一粒の葡萄を、丸ごと見る
果樹園に戻ると、葡萄棚の下に夕方の光が差し込んでいた。
美紀は、一房のナガノパープルを見上げた。
「前は、葡萄を見ると『甘そう』くらいしか考えませんでした」
「普通はそうだよ」
「でも今は、皮も、香りも、食感も、産地も、生産者の仕事も見える気がします」
「それでいいんだと思う」
一粒の葡萄には、たくさんの価値があります。
甘さだけではありません。
香り。
食感。
色。
皮。
品種。
産地。
そして、そこに至るまでの生産者の仕事。
ドライフルーツにするということは、その価値を捨てることではない。
別の形で届けることです。
そして、そのためにトーチが選んだ方法が、
砂糖を加えない。
オイルなどの添加物を加えない。
果実そのものを活かす。
という考え方でした。
■ 「皮まで食べられる葡萄」だからこそ
ナガノパープルとシャインマスカット。
この二つを選んだ理由が、少しずつつながってきました。
長野で育まれてきた葡萄。
それぞれに個性がある。
皮ごと食べやすい。
甘さや香りがある。
そして、その果実をドライフルーツにする。
そのとき、
砂糖を加えて甘さをつくる必要はない。
オイルなどを加えて別の味をつくる必要もない。
果実そのものに、すでに伝えるべき価値があるからです。
だからこそ、
「何を加えるか」ではなく、「何を残すか」。
この考え方が重要になります。
皮も含めて果実を見る。
甘さも含めて果実を見る。
品種も産地も含めて果実を見る。
そして、その果実をできるだけ素直な形で届ける。
それが、私たちの考えるドライフルーツです。
■ 次は「果実の個性」がどう変わるのか
ここまで来ると、また新しい疑問が生まれます。
生のナガノパープルと、ドライにしたナガノパープル。
生のシャインマスカットと、ドライにしたシャインマスカット。
同じ果実なのに、味わいは同じなのでしょうか?
答えは、もちろん「同じではない」。
では、
乾燥させることで、果実の個性はどう変わるのか。
甘さは?
香りは?
食感は?
皮の存在感は?
そして、二つの葡萄にはどんな違いが出てくるのでしょうか。
次回は、
「果実の個性は加工するとどうなるのか」
をテーマに、実際に生の葡萄とドライフルーツを比べながら考えてみます。
一粒の葡萄が、乾燥によってどんな表情を見せるのか。
そこには、ドライフルーツならではの面白さがあります。
今回のポイント
- ナガノパープルとシャインマスカットは、皮ごと食べやすいことが特徴
- ドライフルーツでも、果肉だけでなく「果実そのもの」を活かすという考え方が重要
- 砂糖を添加せず、葡萄本来の甘さを活かす
- オイルなどの添加物も使用せず、余計な味や風味を加えない
- 「無添加」という言葉だけではなく、**「なぜ加えないのか」**が大切
- 足さない加工だからこそ、原料となる葡萄の品質と個性が重要になる
- 皮・甘さ・香り・食感まで含めて、一つの葡萄として価値を見る
- 「何を加えるか」ではなく、**「何を残すか」**を大切にする
第7話「果実の個性は加工するとどうなるのか」へ続く。

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