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エッセイ

連載【一房の葡萄を選ぶ理由――信州の果実がドライフルーツになるまで】 第2話

第2話 ナガノパープルというブドウ

「ナガノパープルって、名前のとおり長野県で生まれた葡萄なんですよね?」

果樹園を歩きながら、美紀が尋ねた。

「そう。長野県が育成した品種なんだ」

健一は、目の前にぶら下がる濃い紫色の房を見上げた。

「でも、名前を知っているだけでは、まだこの葡萄のことを知ったことにはならないよね」

「どういうこと?」

「たとえば、どうして人気があるのか。どんな特徴を持っているのか。そして……なぜドライフルーツの原料として選ぶのか」

美紀は、葡萄の房をじっと見つめた。

前回、二人が考えたのは、「なぜ葡萄なのか」ということだった。

そして今回からは、その答えを一つずつ掘り下げていく。

最初に向き合うのは、長野県オリジナル品種のナガノパープルだった。


■ 「長野生まれ」の葡萄

ナガノパープルは、長野県が育成した葡萄です。

農林水産省の品種登録では、2004年に登録されています。

「ずいぶん前からあるんですね」

「そう。でも、今でも長野県を代表する葡萄の一つとして大切に育てられているんだ」

ナガノパープルは、「巨峰」と「リザマート」を交配して育成された品種です。長野県須坂市の育成地では、9月上旬ごろに成熟する早生種として登録されています。

「巨峰の名前は知ってるけど、リザマートっていう葡萄は知らなかったな」

「そういうところも面白いよね。普段食べている果物にも、品種改良や育種の歴史があるんだから」

一房の葡萄を見るだけでは分からない。

その背景には、長い年月をかけて新しい品種を生み出してきた人たちの仕事がある。

ナガノパープルも、そうして生まれた葡萄の一つなのだ。


■ 黒紫色の粒に、ナガノパープルらしさがある

ナガノパープルを見て、まず目に入るのは、その色です。

深い紫黒色。

一粒一粒が大きく、房になると存在感があります。

長野県の資料によると、果粒は13~15g程度、糖度は18~21%程度が一つの目安とされ、甘味が多く、皮ごと食べやすいことも特徴です。

「だから、甘いんですね」

「うん。でも、ここで一つ注意したい」

健一はそう言って、少し笑った。

「葡萄は、糖度が高ければ高いほど必ずおいしい、というものではないんだ」

甘味、酸味、香り、食感。

果物のおいしさは、いくつもの要素が組み合わさって決まります。

だから、ナガノパープルの価値を「糖度が高い」という一言だけで説明してしまうのは、少しもったいない。

大切なのは、

甘さだけではなく、果肉の食感や香り、そして皮ごと食べられるという個性を持っていること。

そこにナガノパープルらしさがあります。


■ 「皮ごと食べられる」という大きな特徴

「ところで、ナガノパープルって皮も食べるんですよね?」

「そう。そこが今回のドライフルーツを考えるうえでも重要なんだ」

一般的な葡萄では、皮をむいて果肉だけを食べることもあります。

ところがナガノパープルは、皮ごと食べやすい品種です。

長野県の資料でも、「種がなく、皮ごと食べられる」ことが特徴として紹介されています。

「じゃあ、ドライフルーツにするときも……?」

「そう。果実そのものを活かすことができる」

ここで、ドライフルーツの話につながります。

ドライフルーツは、生の果物から水分を減らしてつくります。

当然、加工すれば姿は変わります。

しかし、だからこそ重要なのが、

「何を残したいのか」

ということです。

果実そのものに個性があるなら、その個性をできるだけ活かしたい。

ナガノパープルの場合、それは甘さだけではありません。

葡萄らしい香り。

果肉の食感。

そして皮ごと食べられるという特徴。

それらを含めて、一つの果実の価値なのです。


■ 砂糖を足して「甘くする」のではない

「でも、ドライフルーツって甘いですよね?」

美紀が袋の中の完成品を想像しながら尋ねた。

「そう。でも、ここは誤解してほしくないところなんだ」

ドライフルーツの甘さには、二つの考え方があります。

一つは、砂糖などを加えて甘さをつくる方法。

もう一つは、

果物そのものが持っている甘さを活かす方法。

トーチが大切にしているのは、後者です。

ナガノパープルのドライフルーツでは、砂糖を添加して甘さを足すのではありません。

果物そのものを原料として、その持っている味わいを活かします。

さらに、オイルなどの添加物も使用しません。

「つまり、甘くするために砂糖を足しているわけではないんですね」

「そう。果物がもともと持っている甘さを、そのまま味わってもらいたいんだ」

もちろん、生の葡萄とドライフルーツでは食感も味の感じ方も変わります。

水分が減ることで、一粒の中にあった味わいが凝縮されたように感じられます。

だからこそ、原料の果物が重要になる。

原料そのものに魅力がなければ、加工しただけで価値が生まれるわけではありません。


■ 「何を加えたか」より「何を加えないか」

食品を選ぶとき、原材料表示を見る人が増えています。

「何が入っているんだろう?」

と確認するのはもちろん大切です。

しかし、もう一歩踏み込むなら、

「何を加えずにつくっているのか」

を見ることも、その商品の考え方を知る手掛かりになります。

トーチのドライフルーツは、ナガノパープルそのものの味わいを大切にするため、砂糖やオイルを加えて味をつくるのではなく、果実そのものを活かすことを重視しています。

「それなら、原料の良し悪しが、そのまま商品に出ますね」

「そこなんだよ」

健一はうなずいた。

「隠すものが少ないからこそ、原料が大事になる」

これは、今回のシリーズで伝えたい大切な考え方でした。

良い商品をつくるためには、まず良い原料と向き合う。

そして、その原料の価値を必要以上に味付けで変えてしまわない。

それが、トーチがナガノパープルを選んだ理由の一つです。


■ 「長野県で生まれた」だけでは終わらない

ナガノパープルが長野県オリジナル品種だからといって、それだけで商品価値が決まるわけではありません。

大切なのは、その品種が持っている特徴を知ること。

そして、その特徴を活かせる加工を考えることです。

長野県では、ナガノパープルの品質向上に向けた取り組みも続けられています。

実際に、長野県果樹試験場では果実の品質調査などが行われています。

つまり、一つの品種が生まれたら、それで終わりではありません。

より良い果実をつくるために、生産者や研究機関による努力が続いている。

私たちが店頭で手に取る一房の葡萄は、そうした積み重ねの先にあるものなのです。


■ 一粒の葡萄から、ドライフルーツへ

果樹園に戻ると、夕方の光が葡萄の房を照らしていた。

黒紫色の粒が、静かに揺れている。

美紀が言った。

「最初は、ただの紫色の葡萄だと思っていたけど……」

「うん」

「品種が生まれた歴史があって、生産者が育てていて、その特徴を活かす加工があって。そう考えると、一粒の見え方が変わりますね」

「それが、僕たちが伝えたいことなんだ」

ドライフルーツは、単に果物を乾燥させたものではありません。

どんな果物を選ぶのか。

その果物の何を活かすのか。

そして、何を加えずにつくるのか。

その一つ一つの選択によって、商品の価値は変わります。

ナガノパープルを選んだのは、単に「長野県の有名な葡萄だから」ではありません。

長野県で育まれた品種としての背景があり、深い色、甘味、香り、食感、そして皮ごと味わえるという個性がある。

その個性を、砂糖やオイルで別の味に変えてしまうのではなく、果実そのものを活かしたドライフルーツとして届けたい。

それが、ナガノパープルを選ぶ理由なのです。

そして、もう一つの葡萄があります。

鮮やかな緑色。

口に入れた瞬間に広がる、あの独特の香り。

そう、

シャインマスカットです。

次回は、この葡萄に目を向けます。

なぜ、ナガノパープルとシャインマスカットを組み合わせるのか。

その答えは、二つの葡萄の「違い」の中にあります。

今回のポイント

  • ナガノパープルは長野県が育成したオリジナル品種
  • 深い紫黒色、甘味、香り、食感、皮ごと食べやすいことが特徴
  • 糖度だけでなく、果実全体の個性を見ることが大切
  • ドライフルーツは原料選びが商品の価値を左右する
  • トーチは砂糖やオイルを添加せず、果実そのものの味わいを活かす
  • 「何を加えたか」だけでなく、「何を加えずにつくったか」も商品の価値になる

第3話「シャインマスカットというブドウ」へ続く。


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