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短編小説

【一杯の霊芝が教えてくれた本当の豊かさ】 第8話

「身体の変化」

「変わったのは身体だけではなかった。」

山里から戻って三か月。

佐伯雅人は、いつものように朝六時に目を覚ました。

目覚まし時計が鳴る少し前。

カーテンを開けると、柔らかな朝日が部屋いっぱいに差し込む。

「今日もいい天気だ。」

自然とそんな言葉が口をついた。

以前なら、朝は重い身体を引きずるように起きていた。

休日も昼近くまで眠り、疲れが抜けないと感じることも少なくなかった。

しかし今は違う。

朝の時間を楽しみに思えるようになっていた。


キッチンでは、美咲が朝食の準備をしていた。

炊きたてのご飯。

旬の野菜を使った味噌汁。

焼き魚。

季節の果物。

そして、温かい飲み物。

豪華ではない。

けれど、二人にとっては何より贅沢な時間だった。

「いただきます。」

ゆっくり味わいながら食べる。

会話を楽しみながら食べる。

そんな当たり前の時間が、一日の始まりを穏やかにしてくれていた。


会社では同僚の高橋が驚いた表情で声を掛けてきた。

「佐伯さん、最近ずいぶん雰囲気が変わりましたね。」

雅人は笑った。

「そうかな。」

「なんだか表情が明るくなりましたよ。」

「以前より余裕があるように見えます。」

雅人は少し考えて答えた。

「特別なことはしていないよ。」

「毎日の生活を少し見直しただけなんだ。」

その言葉に、高橋は興味深そうに耳を傾けた。


昼休み。

以前なら急いで食事を済ませ、スマートフォンを見続けていた。

今は違う。

近くの公園まで歩き、ベンチで空を見上げる。

風の音。

木々の揺れる音。

ほんの十分でも、心が落ち着く時間になっていた。

「休むことも、大事なんだな。」

山里で正一が話していた言葉を思い出す。


休日。

夫婦は近くの公園を散歩していた。

以前より歩く距離が自然と長くなっている。

「疲れない?」

美咲が尋ねる。

雅人は笑顔で答えた。

「むしろ気持ちがいい。」

二人は木陰のベンチに座り、風に揺れる木々を眺めた。

「身体だけじゃないね。」

「心まで軽くなった気がする。」

美咲も静かにうなずいた。

「私も同じ。」


帰り道。

自然食品店へ立ち寄る。

顔なじみになった店主が笑顔で迎えてくれた。

「また旬の野菜が入りましたよ。」

雅人は野菜を手に取りながら言う。

「季節が変わると、食卓も変わりますね。」

店主はうれしそうに答えた。

「自然は毎日違いますから。」

「だから飽きないんです。」

その言葉に、雅人は山里で過ごした時間を思い出した。


夜。

ベランダで育てていたハーブが青々と育っていた。

「ずいぶん大きくなったね。」

美咲が葉に触れながら言う。

雅人は微笑む。

「毎日見ていると気づかないけど、少しずつ育っていたんだ。」

その瞬間、ふと気づく。

「人も同じかもしれない。」

昨日と今日では分からない。

けれど、一か月、一年と積み重ねれば、大きな変化になる。


旅のノートを開く。

今日のタイトルは、

『身体の変化』

雅人は静かに書き始める。

『身体は、毎日の積み重ねを覚えている。』

『心も、毎日の積み重ねで変わっていく。』

『自然を感じる時間。』

『家族と食卓を囲む時間。』

『ゆっくり眠る時間。』

『笑顔で過ごす時間。』

『その一つひとつが、未来の自分を育てている。』

ページを書き終えると、美咲が隣で微笑んだ。

「最近、本当によく笑うようになったね。」

雅人は照れくさそうに笑う。

「身体が楽になると、心にも余裕ができるのかもしれない。」


数日後。

山里の宿から一通の手紙が届いた。

封を開くと、正一からの短い便りが入っていた。

「自然は、急いで答えをくれません。
でも、毎日向き合えば、少しずつ応えてくれます。
お二人の暮らしも、きっとその途中ですね。」

雅人は手紙をそっと閉じた。

「まだ途中。」

その言葉が胸に残る。

豊かさとは、完成するものではない。

日々育てていくものなのだ。

窓の外には夕焼けが広がっていた。

その景色を眺めながら、雅人は静かにつぶやく。

「本当に大切なものが、少しずつ見えてきた。」

そして、その想いは次の一歩へとつながっていく。

──第9話「本当の豊かさ」へ続く。


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