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短編小説

「医師が最後に選んだもの」 最終話 守る医療

「医師が最後に選んだもの。それは、一人ひとりの未来を守る医療だった。」

講演会当日。

会場には全国から集まった医師、歯科医師、薬剤師、看護師、管理栄養士、研究者、そして医学生たちが静かに着席していた。

壇上に立つ高橋誠は、ゆっくりと会場を見渡した。

二十五年間。

診療所で診てきた数え切れない患者たちの顔が、心に浮かぶ。

風邪で来院した子ども。

生活習慣病と向き合う働き盛りの世代。

人生の最期まで自宅で過ごしたいと願った高齢者。

それぞれに異なる人生があり、それぞれに守りたい日常があった。

マイクを手に取り、高橋は静かに話し始めた。


「私は医師になった頃、『病気を治すこと』だけを考えていました。」

会場は静まり返る。

「一人でも多くの患者さんを救いたい。」

「最新の治療法を学びたい。」

「新しい薬や技術を身につけたい。」

その思いは今も変わらない。

医療技術は進歩し続け、多くの命を救ってきた。

AIによる診断支援。

再生医療。

ゲノム医療。

これからも医療は進化していくだろう。

「しかし。」

高橋は一呼吸置いた。

「患者さんと向き合う中で、私は大切なことを教えられました。」


スクリーンには、一枚の写真が映し出される。

診療所の待合室。

そこには笑顔で談笑する患者たちの姿があった。

「病気が治っても、その人の人生が豊かになるとは限りません。」

「逆に、病気を抱えていても、自分らしく充実した毎日を送っている方もいます。」

「医療とは、病気だけを見る仕事ではありません。」

「その人の人生を支える仕事です。」

会場の誰もが真剣な表情で耳を傾けていた。


高橋は「守る医療」のノートを取り出した。

使い込まれた表紙。

何度も開かれたページ。

その最後の一ページには、大きく一つの言葉が書かれている。

『守る医療』

「私は、この言葉にたどり着くまで長い時間がかかりました。」

「治療医学と予防医学。」

「どちらかを選ぶのではありません。」

「両方が支え合うことで、初めて患者さんの未来を守ることができます。」


会場後方に座る若い医師が熱心にメモを取っている。

薬剤師もうなずいている。

歯科医師も、管理栄養士も、それぞれの立場で聞き入っていた。

高橋は続ける。

「健康は、特別な一日で決まるものではありません。」

「毎日の積み重ねです。」

十分な睡眠。

栄養バランスを意識した食事。

適度な運動。

ストレスとの向き合い方。

定期的な健康診断。

必要に応じて医療機関へ相談すること。

それらは決して派手ではない。

しかし、未来の自分を支える土台になる。


一人の医学生が質問した。

「先生。」

「健康食品は、どのように考えればよいのでしょうか。」

高橋は穏やかに答えた。

「健康食品は医薬品ではありません。」

「病気の治療を目的とするものではなく、健康的な生活習慣を考える中で利用を検討するものです。」

「もし利用するのであれば、品質や製造管理、安全性に関する情報を確認し、必要に応じて医師や薬剤師へ相談してください。」

そして続けた。

「私自身、伝統的な素材について多くの研究を読み、現場も見学しました。」

「霊芝も、その一つです。」

「長い歴史の中で利用されてきた背景があり、現在もさまざまな研究が続けられています。」

「一方で、研究には限界もあります。」

「だからこそ、医療者は過度な期待も過度な否定もせず、科学的な視点で情報を見極め、患者さんへ分かりやすく伝えることが大切です。」

会場には大きくうなずく人の姿があった。


講演の最後。

高橋はノートを閉じ、ゆっくりと前を向いた。

「医師になって二十五年。」

「私は多くの患者さんを診てきました。」

「でも、本当は私のほうが患者さんから学んでいたのです。」

「人生の大切さ。」

「家族の温かさ。」

「健康で過ごせる一日のありがたさ。」

「そのすべてが、今の私の医療をつくっています。」

会場は静寂に包まれる。

「もし、これから医師を目指す皆さんに一つだけ伝えられることがあるなら、それは――」

高橋はゆっくりと言葉を紡いだ。

「病気を診る前に、人を見てください。」

「数字を見る前に、その人の暮らしを知ってください。」

「そして、自分自身の健康も大切にしてください。」


講演が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。

村上教授が静かに近づいてくる。

「高橋先生。」

「ようやく答えが見つかりましたね。」

高橋は穏やかに微笑んだ。

「はい。」

「医師が最後に選ぶものは、新しい薬でも、新しい技術でもありませんでした。」

「患者さんの未来を守りたいという思いです。」


その日の夕方。

診療所へ戻った高橋は、いつもの診察室の椅子に座った。

窓から差し込む夕日が部屋をやさしく照らしている。

机の引き出しには、「守る医療」と書かれたノート。

その隣には、家族との写真が置かれていた。

高橋は静かにつぶやく。

「明日も、一人ひとりと向き合おう。」

特別なことではない。

患者の話をよく聞き、必要な治療を行い、生活習慣にも目を向ける。

科学的根拠を大切にしながら、人として寄り添う。

その積み重ねこそが、未来の医療をつくっていく。

診療所の外では、新しい朝を待つ街に灯りがともり始めていた。

その灯りの一つひとつに、それぞれの暮らしがある。

それぞれの人生がある。

そして、それを支えるために医療がある。

高橋は白衣を整え、診察室の灯りをつけた。

明日もまた、新しい患者との出会いが待っている。

守る医療に終わりはない。

それは今日も、そして明日も続いていく。

― 完 ―


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