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短編小説

「医師が最後に選んだもの」 第9話 未来医療

「未来の医療は、病気を治すだけでは完成しない。」

全国予防医学シンポジウム。

全国から医師、歯科医師、薬剤師、看護師、研究者が集まる年に一度の学術大会だった。

会場のスクリーンには、最先端医療を象徴する映像が映し出される。

AIによる画像診断。

再生医療。

ゲノム解析。

遠隔医療。

医療技術は、この十年で大きく進歩していた。

高橋誠は、その光景を見つめながら思う。

「本当に素晴らしい時代になった。」

しかし同時に、一つの疑問も胸に浮かんでいた。

「技術が進歩するほど、人は本当に健康になっているのだろうか。」


基調講演では、医療AIの研究者が登壇した。

「AIは診断を支援できます。」

「画像解析の精度は年々向上しています。」

「しかし、患者さんの不安や生活背景までは診断できません。」

会場が静まり返る。

「医療の中心にいるのは、これからも人です。」

その言葉に、高橋は深くうなずいた。


午後のセッションでは、再生医療の専門医が講演した。

「失われた組織を再生する技術は確実に進歩しています。」

「これから多くの患者さんを救うでしょう。」

その一方で、講演の最後にこんな言葉が添えられた。

「しかし、生活習慣病をゼロにはできません。」

「予防医学の重要性は、これからも変わらないのです。」

高橋はノートに大きく書き込んだ。

『最先端医療と予防医学は、対立するものではない。』


休憩時間。

若い医師たちが高橋の周りに集まってきた。

「先生。」

「これからの医師には何が必要でしょうか。」

高橋は少し考え、ゆっくり答えた。

「知識を学び続けること。」

「科学的根拠を大切にすること。」

「そして、患者さんの暮らしに関心を持つことです。」

若い医師が尋ねる。

「暮らし、ですか?」

「はい。」

「診察室で見えるのは、人生のほんの一部分です。」

「患者さんは診察室を出たあと、家庭へ戻り、仕事をし、食事をし、眠ります。」

「その毎日が健康を支えています。」


午後、高橋の講演が始まった。

テーマは、

『未来医療と守る医療』

スクリーンには一枚の写真が映し出される。

白衣姿の若い頃の高橋だった。

「二十五年前の私は、病気を治すことだけを考えていました。」

会場が静かになる。

「もちろん、それは今でも医師の大切な使命です。」

「しかし、多くの患者さんと向き合う中で気づいたことがあります。」

次のスライドには、一人の患者ではなく、家族の写真が映し出された。

「患者さんには、それぞれ生活があります。」

「家族があります。」

「仕事があります。」

「夢があります。」

「だから私は、病気だけではなく、人を診たいと思うようになりました。」


講演の終盤。

高橋は静かに語りかけた。

「予防医学とは、特別な医療ではありません。」

「毎日の食事を大切にすること。」

「十分な睡眠を取ること。」

「適度に身体を動かすこと。」

「必要に応じて医療機関で相談すること。」

「そうした基本の積み重ねが、未来の健康につながります。」

そして続けた。

「健康食品を利用する場合も、その位置づけや品質、安全性などを理解し、自分に合った選択をすることが大切です。」

「過度な期待を持つのではなく、生活習慣全体の中で考える視点を忘れてはいけません。」

医療従事者らしく、冷静でバランスの取れた言葉だった。


講演終了後。

会場は大きな拍手に包まれた。

若い女性医師が近づいてきた。

「先生。」

「今日のお話を聞いて、医療の見方が変わりました。」

「私は病気ばかり見ていました。」

「でも、患者さんの人生まで考える医師になりたいです。」

高橋は笑顔で答えた。

「私も今、ようやくその入口に立ったところです。」


帰りの新幹線。

窓の外には夕焼けが広がっていた。

高橋は「守る医療」のノートを開く。

最後のページを前にして、ペンを走らせた。

『未来の医療は、技術だけでは完成しない。』

『人を理解する心と、科学的な視点、その両方が必要である。』

『医療は治療と予防、その二つが支え合って初めて患者の未来を守ることができる。』

ノートを閉じたその時、一通のメールが届いた。

送り主は村上教授。

件名は、

「最後の講演をお願いします。」

内容はシンプルだった。

「医師人生で最後に、あなたが本当に伝えたいことを話してください。」

高橋は静かに微笑む。

医師として積み重ねてきた二十五年。

治療に向き合った日々。

予防医学との出会い。

研究を学び、現場を歩き、多くの患者から教えられたこと。

そのすべてが、一つの答えへとつながっていた。

「私が最後に選んだもの。」

その答えを語る時が、ついにやってきた。

──最終話「守る医療」へ続く。


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