連載【一粒の果実が教えてくれたこと】 第6話
第6話 「甘いブドウ」なら、どれでも同じなのか?
「昨日、糖度について調べたでしょう?」
夕食後、美紀がテーブルの上に二枚の写真を並べた。
一枚は、濃い紫色のブドウ。
もう一枚は、鮮やかな黄緑色のブドウ。
「ナガノパープルとシャインマスカットだな」
健一はすぐに答えた。
「そう。第5話では、この二つが甘さに魅力のある品種だって分かったよね」
「うん。ナガノパープルは糖度18~21度程度、シャインマスカットは平均19度程度とされているんだったな」
「そう」
健一は二つの写真を見比べた。
「じゃあ、やっぱりこの二つは『甘いブドウだから選んだ』ってことなのかな?」
美紀は少し考えてから答えた。
「それだけじゃないんじゃない?」
「どういうこと?」
「だって、ブドウって甘ければ全部同じなの?」
健一は写真を見つめた。
濃い紫。
黄緑色。
見た目からして、まったく違う。
「……確かに、違うな」
そこから二人は、二つのブドウをもっと詳しく調べることにした。
同じ「ブドウ」でも、個性がある
まず、ナガノパープル。
名前の通り、濃い紫色をしたブドウだ。
大粒で、果皮も含めて食べやすいことが特徴の一つ。
そして、甘さだけではなく、ブドウらしい味わいを楽しめる品種として知られている。
一方、シャインマスカット。
こちらは、明るい黄緑色。
華やかな香りがあり、甘さとともに、その香りも大きな魅力になっている。
「同じブドウなのに、特徴が違うね」
美紀が言った。
「ナガノパープルは濃い色と味わい」
「シャインマスカットは香りと甘さ」
「もちろん、それだけで全部を説明できるわけじゃないけどね」
健一が付け加えた。
二つの品種には、それぞれ違った個性がある。
だからこそ、ドライフルーツとして食べ比べる面白さも生まれる。
「糖度が高い」だけでは商品にならない
健一は、ふと疑問を口にした。
「でも、第5話で糖度が重要だって分かったよな」
「うん」
「だったら、糖度が一番高いブドウを選べばいいんじゃない?」
美紀は首を横に振った。
「それだけじゃないと思う」
「やっぱり?」
「だって、ドライフルーツにするんだから」
そこで二人は、ドライフルーツのことをもう一度考えてみた。
生のブドウなら、口に入れた瞬間に果汁が広がる。
香りも感じる。
果肉の食感もある。
ところが、ドライフルーツにすると、水分が減る。
果汁はない。
食感も変わる。
口の中に残る時間も変わる。
つまり、
生の状態で魅力があることと、乾燥させたときに魅力があることは、同じではない。
「なるほど」
健一が頷いた。
「だから、原料を選ぶときには、ドライにした後のことまで考える必要があるんだ」
ナガノパープルの魅力
健一は、ナガノパープルの写真を手に取った。
「まず、この色が目立つよな」
濃い紫色。
その色は、果皮に含まれる色素によるものだ。
そして、ナガノパープルは皮ごと食べやすいことも特徴の一つ。
「皮まで食べられるのは便利だね」
「そうだね」
果物をドライフルーツにする場合、果肉だけでなく果皮も一緒に味わえることには意味がある。
もちろん、実際の商品では、使用する原料や加工方法、仕上がりを確認する必要がある。
大切なのは、
「どんな品種を使っているのか」
を知ることだ。
「紫色のブドウだからナガノパープル」
というだけではない。
その品種が持っている特徴を知ることで、商品を見る目が変わる。
シャインマスカットの魅力
次にシャインマスカット。
「こっちは、やっぱり香りが印象的だな」
健一が言った。
シャインマスカットは、甘さに加えて、特徴的な香りを楽しめる品種として人気がある。
見た目も鮮やかな黄緑色。
そして、皮ごと食べやすいことも特徴の一つだ。
「ナガノパープルとは、かなり印象が違うね」
「だから面白いんじゃない?」
同じ「ブドウのドライフルーツ」でも、
ナガノパープルとシャインマスカットでは、味わうときの印象が違ってくる可能性がある。
つまり、
品種を選ぶことは、商品の個性を選ぶことでもある。
「糖度+個性」という考え方
健一はノートを開いた。
第5話で書いた、
糖度は美味しさを考えるための重要な目安
という言葉の下に、新しく書き加えた。
でも、糖度だけではない。
さらに、
甘さ
香り
食感
果皮
色
品種の個性
と並べた。
「これなら、二つのブドウを選んだ理由が少し分かってきた」
「どんなところが?」
「まず、甘さに魅力がある」
「うん」
「でも、それだけじゃなくて、それぞれに違う個性がある」
「そう」
「だから、ドライフルーツにしたときにも、二種類を食べ比べる意味がある」
美紀は笑った。
「だんだん商品開発の人みたいになってきたね」
「確かに」
二人は笑った。
「美味しい」を数字だけで決めない
ここで、美紀がもう一つ大切なことを言った。
「でもね、健一さん」
「ん?」
「『糖度19度だから、必ずナガノパープルよりシャインマスカットの方が美味しい』とは言えないよね」
「そうだな」
人によって好みは違う。
甘さを強く感じるものが好きな人もいる。
酸味とのバランスを好む人もいる。
香りを重視する人もいる。
食感を大切にする人もいる。
だから、
数字だけで「こちらが上」と決めることはできない。
これは、食品を選ぶうえで非常に大切な考え方だ。
糖度は商品の特徴を理解するための一つの情報。
しかし、最終的にどちらを好むかは、その人によって違う。
「なるほど」
健一は納得した。
「だから商品説明でも、数字だけを並べればいいわけじゃないんだな」
「うん。数字の意味まで伝えることが大切なんだと思う」
では、なぜドライフルーツなのか?
二人は、ここで再び最初の疑問に戻った。
「ナガノパープルもシャインマスカットも、生で食べれば美味しい」
健一が言った。
「なのに、どうしてドライフルーツにするんだろう?」
これは、まだ答えが出ていない。
しかし、第1話からの知識をつなげれば、少しずつ見えてくる。
生のブドウは、水分が多い。
みずみずしく、果汁を楽しめる。
一方、ドライフルーツは、水分を減らすことで生とは違った食感になる。
持ち運びもしやすくなる。
そして、食べる場面も変わる。
「つまり、生のブドウとドライフルーツは、競争するものじゃないんだ」
「そう」
「それぞれに違う価値がある」
「素材の良さ」と「加工の意味」
健一は、ここで一つ気づいた。
「素材が良ければ、それで終わりじゃないんだな」
「どういうこと?」
「ナガノパープルやシャインマスカットという良い素材を選んでも、それをどう加工するかで、商品の価値が変わる」
美紀は頷いた。
これは食品を考えるうえで重要なことだった。
どんな素材を使うのか。
その素材のどんな特徴を活かすのか。
どんな加工をするのか。
加工後にどんな商品になるのか。
そして、それを誰が、どんな場面で食べるのか。
そこまで考えて、初めて「商品」としての価値が生まれる。
トーチが二つを選んだ意味
健一は二つの商品を並べた。
ナガノパープル。
シャインマスカット。
「少し分かってきた気がする」
「何が?」
「トーチがこの二つを選んだ理由」
「言ってみて」
「まず、どちらも甘さに魅力がある」
「うん」
「でも、それだけじゃない」
「そう」
「それぞれに違う品種の個性がある」
「うん」
「だから、その個性をドライフルーツという形で楽しんでもらう」
美紀が頷いた。
「かなり近づいてきたね」
ただし、まだ一つ残っている。
「甘さに魅力のあるブドウを、乾燥させるとどうなるのか?」
そこまでは、まだ詳しく考えていなかった。
一粒のブドウから見えてきたこと
健一は、ドライフルーツを一粒手に取った。
以前なら、ただ「甘いお菓子」のように考えていたかもしれない。
しかし今は違う。
この一粒には、
ブドウの品種がある。
産地がある。
栽培がある。
収穫時期がある。
糖度がある。
香りがある。
食感がある。
そして、それを乾燥させるという加工がある。
「一粒なのに、いろいろな情報が詰まってるな」
「だから、知ると面白いんだよ」
美紀が笑った。
食品は、ただ食べるだけでもいい。
しかし、背景を知ってから食べると、また違った楽しみ方ができる。
次の疑問は「乾燥」
健一はノートの最後に、新しい言葉を書いた。
「乾燥すると、どう変わる?」
そして、その横に、
「高糖度のブドウを乾燥させる意味は?」
と書いた。
「ここが次のテーマだね」
美紀が言った。
「うん」
甘さに魅力のあるブドウ。
その果物を乾燥させる。
水分を減らす。
食感が変わる。
味わい方が変わる。
では、そこで生まれる価値とは何なのか。
二人の疑問は、次の段階へ進んでいた。
第6話のポイント
今回分かったのは、
「甘いブドウなら、どれでも同じではない」
ということ。
ナガノパープルとシャインマスカットは、どちらも甘さに魅力のある品種ですが、それぞれに異なる個性があります。
そして、食品の価値は、
糖度だけで決まるものではありません。
甘さ、酸味、香り、食感、果皮、色、品種の特徴。
それらを総合して、その果物ならではの魅力が生まれます。
だからこそ、トーチがこの二つのブドウを選んだことにも意味があります。
「甘いから選んだ」だけではない。
「それぞれに魅力のある果物だから選んだ」
ということです。
では、その二つのブドウをドライフルーツにすると、何が変わるのでしょうか?
生の果物にはない、ドライフルーツならではの価値とは?
次回は、いよいよ**「乾燥する」という加工そのもの**に目を向けます。
――第7話へ続く。

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