連載【一房の葡萄を選ぶ理由――信州の果実がドライフルーツになるまで】 第5話
第5話 甘さだけでは決まらない「良い果物」
「良い果物って、結局どんな果物なんでしょう?」
美紀がそう尋ねた。
テーブルの上には、ナガノパープルとシャインマスカットが並んでいる。
どちらも大粒で、見た目にもきれいだ。
そして、食べれば甘い。
「やっぱり、糖度が高い果物が良い果物なんじゃないですか?」
これまでの話を振り返れば、そう考えるのも無理はない。
ナガノパープルにも甘さがある。
シャインマスカットにも高い糖度がある。
甘い果物は、確かに魅力的だ。
しかし、健一は少し考えてから答えた。
「甘さは大事。でも、それだけでは決まらないと思う」
■ 「糖度○○%」だけでは分からない
果物売り場では、「糖度」という数字を目にすることがあります。
糖度が高い。
甘い。
おいしそう。
数字で比較できるので、とても分かりやすい指標です。
でも、一度考えてみてください。
同じ糖度の葡萄なら、必ず同じ味がするでしょうか。
答えは、そうではありません。
果物のおいしさには、甘さだけでなく、
酸味。
香り。
食感。
果肉の状態。
皮の食べやすさ。
そして、果実がどのように育ったのかという背景も関係しています。
「じゃあ、糖度は意味がないんですか?」
「いや、そんなことはないよ」
糖度は、果物を見るうえで大切な情報の一つです。
ただし、
「糖度が高い=すべてにおいて優れた果物」
と考えてしまうと、果物の本当の個性を見落としてしまう。
それが今回伝えたいことでした。
■ 甘さと酸味は、敵ではない
例えば、甘いものを食べたとき。
最初はおいしくても、ずっと甘さだけが続くと、少し重たく感じることがあります。
果物の場合、酸味とのバランスも重要です。
甘味があり、そこにほどよい酸味がある。
香りが加わる。
噛んだときの食感がある。
そうした要素が重なって、私たちは「おいしい」と感じます。
葡萄も同じです。
ナガノパープルには、濃い色とコクのある味わいがあります。
シャインマスカットには、爽やかなマスカット香と、パリッとした食感があります。
どちらも「甘い葡萄」というだけではありません。
甘さを中心に、それぞれ違った個性を持っている。
だからこそ、二つの葡萄をドライフルーツにする意味があります。
■ 「見た目」も果物の価値
果物を選ぶとき、私たちは無意識に見た目も見ています。
粒がそろっている。
色がきれい。
傷が少ない。
房の形が整っている。
もちろん、見た目だけで味が決まるわけではありません。
それでも、果物にとって外観は大切な要素です。
なぜなら、果物は一つ一つが自然の産物だからです。
工場で同じ形の商品を大量につくるのとは違います。
天候の影響も受けます。
気温も変わります。
雨の量も違います。
日照時間も違います。
それらを受けながら、一房の葡萄が育っていく。
だからこそ、生産者は一房一房を見ながら栽培しています。
「そう考えると、きれいな葡萄って、見た目だけの話じゃないんですね」
「そう。そこまで育てる仕事があるんだよ」
■ 果物は「完成品」になるまでに時間がかかる
私たちは、店頭に並んだ葡萄を見て、
「大きいな」
「きれいだな」
「甘そうだな」
と感じます。
でも、その房ができるまでには長い時間があります。
枝を整える。
房を管理する。
実の状態を見る。
病害虫などにも注意する。
天候を見ながら栽培する。
収穫時期を見極める。
そして、ようやく一房の葡萄になります。
つまり、果物の価値は「収穫された瞬間」だけで生まれるものではありません。
そこに至るまでの時間と手間も含めて、一つの果実ができている。
だからこそ、私たちは原料を選ぶときに、「安いから」という理由だけでは決めたくありませんでした。
■ ドライフルーツにすると、原料の違いが見えてくる
ここで、ドライフルーツの話に戻ります。
生の葡萄なら、みずみずしさがあります。
果汁があります。
一口食べれば、甘さや香りが広がります。
ところが、乾燥させると水分が減ります。
すると、生のときとは違う形で、果実の味わいを感じることになります。
だからこそ、
原料となる葡萄がどんな果物なのか。
これが非常に重要になります。
「加工すれば、どんな葡萄でも同じになる」ということではありません。
むしろ、原料の個性があるからこそ、加工後の商品にも個性が生まれる。
これが、私たちがドライフルーツを考えるうえで大切にしている考え方です。
■ 甘さを足せば「良い商品」になるのか
「でも、ドライフルーツなら、もっと甘くしたほうがおいしいんじゃないですか?」
美紀が尋ねた。
確かに、砂糖を加えれば甘さを強くすることはできます。
味を分かりやすくすることもできるでしょう。
しかし、それでは一つの疑問が残ります。
「なぜ、この葡萄を選んだのか?」
ナガノパープルを選んだのなら、その葡萄が持つ甘さや風味を活かしたい。
シャインマスカットを選んだのなら、その葡萄が持つ香りや味わいを活かしたい。
それなのに、砂糖を加えて別の甘さをつくってしまったら、原料の個性が分かりにくくなるかもしれません。
だから、トーチのドライフルーツでは、
砂糖を添加しません。
そして、
オイルなどの添加物も使用しません。
果物そのものの味を活かす。
それが基本的な考え方です。
■ 「何も足さない」には、理由がある
「無添加だから良い」
単純にそう言いたいわけではありません。
大切なのは、
なぜ、加えないのか。
ということです。
ナガノパープルには、もともと甘さがあります。
シャインマスカットにも、もともと甘さと香りがあります。
だったら、その果実が持っているものを活かせばいい。
砂糖で甘さを補うのではなく、
果実の甘さを活かす。
オイルで別の食感をつくるのではなく、
果実そのものの個性を活かす。
つまり、
「足さないこと」ではなく、「原料を活かすこと」が目的なのです。
これは、商品のつくり方だけでなく、原料を見る目にもつながっています。
■ 「良い果物」を選ぶということ
美紀は、二つの葡萄をもう一度見比べた。
「じゃあ、良い果物って、甘いだけじゃないんですね」
「うん」
「香りがあって、食感があって、その品種らしさがあって……」
「それに、ちゃんと育てられていることも大切だね」
一つの数字では測れない。
一つの特徴だけでも決められない。
その果物が持っている個性を、全体として見る。
それが「良い果物」を選ぶということなのかもしれません。
そして、ドライフルーツにするなら、もう一つ条件が加わります。
乾燥させても、その果物らしさを感じられること。
そこまで考えて、原料を選ぶ。
だからこそ、私たちはナガノパープルとシャインマスカットに目を向けました。
■ 一房の葡萄には、数字では表せないものがある
夕方の果樹園。
葡萄棚の向こうに、山々が見えていた。
美紀が言った。
「糖度だけを見ていたら、こんなことまで考えなかったでしょうね」
「そうだね」
「一房の葡萄って、思っていたよりずっと複雑なんですね」
甘さ。
酸味。
香り。
食感。
色。
品種。
産地。
栽培する人の技術。
そして、収穫までの時間。
それらが一つになって、一房の葡萄になります。
だから、
「良い果物」とは、単純に一番甘い果物ではない。
その果物が持つ個性を、どれだけ自然な形で楽しめるか。
そして、その個性を加工したあとにも活かせるか。
私たちは、そこを大切にしたいと考えています。
■ だから、原料選びが商品の出発点になる
ドライフルーツは、加工食品です。
だから、加工方法も重要です。
しかし、その前にあるものがあります。
原料です。
どんな葡萄を使うのか。
どこで育った葡萄なのか。
どんな個性を持っているのか。
その個性をどう活かすのか。
そこを考えずに、加工方法だけを工夫しても、本当に納得できる商品にはならない。
だからトーチでは、
「良い原料を選び、その魅力を邪魔しない形で加工する」
という考え方を大切にしています。
砂糖を加えて甘くするのではなく、
オイルなどを加えて別の味をつくるのでもない。
余計なものを足さず、果実そのものを活かす。
それは、単なる「無添加」という言葉のためではありません。
選んだ葡萄に、それだけの価値があると考えているからです。
■ 次に見えてくる「皮」の意味
ナガノパープルとシャインマスカットには、もう一つ共通した大きな特徴があります。
それは、
皮ごと食べやすいこと。
生で食べるときには、当たり前のように感じるかもしれません。
でも、ドライフルーツとして考えると、この「皮ごと」という特徴には、また違った意味が見えてきます。
果実の中身だけではなく、皮も含めて一つの果実。
では、葡萄の皮にはどんな役割があるのでしょうか。
そして、皮ごと食べることは、ドライフルーツの味わいにどうつながるのでしょうか。
次回は、
「皮ごと味わうということ」
について考えてみます。
一粒の葡萄を、皮まで含めて丸ごと見る。
そこから、また新しい発見が始まります。
今回のポイント
- 「糖度が高い=良い果物」とは限らない
- 甘さだけでなく、酸味・香り・食感・色・品種など、総合的に見ることが大切
- 果物の価値には、生産者の手間や栽培環境も関わっている
- ドライフルーツでは、原料の個性がそのまま商品の個性につながる
- トーチは砂糖を添加せず、果実本来の甘さを活かす
- オイルなどの添加物も使用せず、原料の個性を邪魔しない
- 「無添加だから良い」のではなく、「良い原料を活かすために余計なものを加えない」
- 良い果物を選ぶことが、良いドライフルーツづくりの出発点になる
第6話「皮ごと味わうということ」へ続く。

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