【土曜日企画】トーチが訪ねる 日本の宝もの ①⑧
第1シリーズ「日本の健康食材を訪ねる」
第8話 熊本の雑穀食
― 米だけではなかった、日本人の食卓 ―
日本人の主食といえば、何を思い浮かべるでしょうか。
おそらく、多くの人が「お米」と答えるでしょう。
確かに、米は日本の食文化を語るうえで欠かせない存在です。
しかし、昔の日本人の食卓を少しさかのぼってみると、そこには米だけではない、さまざまな穀物がありました。
あわ。
きび。
たかきび。
はとむぎ。
そして、地域によっては麦や豆なども。
こうした穀物を組み合わせて食べる「雑穀食」は、山間部や農村を中心に、長く日本の暮らしを支えてきました。
今回、トーチが訪ねるのは熊本。
豊かな水と大地に恵まれたこの土地には、米だけでは語れない食の歴史があります。
雑穀は「特別な健康食」ではなかった
現代では、
「雑穀=健康に良い食べもの」
というイメージを持つ人が少なくありません。
もちろん、雑穀にはさまざまな種類があり、それぞれに異なる栄養的特徴があります。
ただ、昔の人々は、雑穀を「健康食品」として食べていたわけではありません。
もっと生活に近い存在でした。
その土地で育てやすいものを作る。
収穫したものを保存する。
米と一緒に炊く。
あるいは、料理や加工に使う。
つまり雑穀は、
「その土地で暮らすための食べもの」
だったのです。
ここが、現代の雑穀ブームとは少し違うところかもしれません。
熊本の大地が育てるもの
熊本と聞くと、阿蘇の雄大な風景を思い浮かべる方も多いでしょう。
広い山々。
豊かな水。
火山によって生まれた大地。
そして、地域ごとに異なる農業の風景。
熊本には、平野部だけでなく、山間部にも多くの集落があります。
土地の条件が違えば、育てやすい作物も変わります。
水田に向く場所。
畑に向く場所。
山の斜面にある土地。
昔の人々は、与えられた土地を無理に変えるのではなく、
「この土地では何が育つのか」
を考えながら暮らしてきました。
雑穀も、そうした土地との付き合い方の中で生まれた食文化の一つです。
「米が足りないから」だけではない
雑穀食について語るとき、
「昔は米が貴重だったから、雑穀を食べていた」
と説明されることがあります。
これは一面では理解できます。
しかし、それだけで日本の雑穀文化を説明するのは少しもったいない気がします。
雑穀には、雑穀ならではの味があります。
香りがあります。
食感があります。
そして、地域ごとに異なる食べ方があります。
米の代用品というだけではなく、
その土地の食卓を形づくってきた食材
でもあったのです。
小さな粒に詰まった、昔の知恵
雑穀の魅力は、その小さな粒にもあります。
一粒一粒は、決して派手ではありません。
けれども、昔の人々は、その小さな穀物を大切に保存し、料理し、次の季節へつないできました。
収穫したものを無駄にしない。
保存できるものは保存する。
その土地で育つものを活用する。
食べられる時期だけに頼らず、次の季節のために備える。
これは、今でいう「食品ロスを減らす」という考え方にも通じる部分があります。
ただし、昔の人々にとっては、それが特別な活動ではありませんでした。
生きていくための、ごく自然な暮らしの知恵だったのです。
「旬」と「保存」が食卓をつくった
現代の私たちは、季節を問わず多くの食品を購入できます。
これは、とても便利なことです。
一方で、昔の食卓には「今あるものをどう生かすか」という発想がありました。
収穫したものを乾燥させる。
保存する。
加工する。
そして、必要なときに少しずつ使う。
雑穀もまた、そうした暮らしの中で重要な役割を担ってきました。
春、夏、秋、冬。
季節が変わっても食卓を守る。
そのためには、自然からいただいたものを大切に扱う必要があります。
食べ物を「買うもの」としてだけ見る現代とは違い、
「いただいたものを、どう生かすか」
という視点があったのです。
雑穀から見えてくる「地域の個性」
日本全国どこへ行っても、同じ食文化があるわけではありません。
山の地域には山の食文化。
海の地域には海の食文化。
寒い地域には寒い地域の保存食。
温暖な地域には、その土地ならではの作物。
同じ日本でも、土地が変われば食卓も変わります。
だからこそ、地域の食材を知ることは、その土地の暮らしを知ることにつながります。
熊本の雑穀食を見つめることも、単に「雑穀について知る」ということではありません。
そこから、
熊本の土地で、昔の人々がどのように食と向き合ってきたのか。
そんな暮らしの背景まで見えてきます。
トーチが「食材」だけを見ない理由
トーチでは、商品を選ぶときにも、
「何が入っているのか」
だけを見るのではありません。
どこで作られているのか。
なぜそこで作られているのか。
どんな人が作っているのか。
どんな歴史や文化があるのか。
そして、その商品を通して、どんな価値を伝えられるのか。
そこまで見ていきたいと考えています。
なぜなら、食品には「成分表」だけでは伝わらない価値があるからです。
土地の気候。
生産者の考え。
地域に伝わる知恵。
長い年月の中で育まれた食文化。
そうしたものが重なって、一つの食品が生まれます。
小さな粒から、日本の食文化を考える
雑穀は、一見すると地味な食材です。
大きなブランド名がついているわけでもありません。
派手な見た目でもありません。
けれども、その小さな粒を見つめていくと、日本人が自然と向き合いながら食卓を守ってきた歴史が見えてきます。
「その土地で育つものを食べる」
「季節に合わせて食べる」
「収穫したものを大切に保存する」
「食べ物を無駄にしない」
こうした考え方は、時代が変わっても価値を失わないものではないでしょうか。
健康を考えることも大切です。
しかし、その前に、
「何を、どこで、誰が、どのように作ってきたのか」
を知る。
トーチは、そこから食べ物の価値を考えていきたいと思っています。
未来へ残したい、小さな食文化
日本には、まだ知られていない食文化がたくさんあります。
全国的には有名ではなくても、その地域では大切にされてきた食材。
高価ではなくても、長い年月をかけて受け継がれてきた製法。
そして、それを守っている人たち。
トーチが探している「日本の宝もの」は、必ずしも派手なものではありません。
むしろ、日々の暮らしの中にひっそりと残っているものにこそ、価値があるのかもしれません。
熊本の雑穀食も、その一つです。
小さな粒から見えてくる、
土地の歴史。
人の知恵。
日本の食文化。
その物語を、これからも大切に伝えていきたいと思います。
トーチが訪ねる、日本の宝もの。
本当に良いものは、
良い人と、良い土地から生まれる。
そして、その価値は「商品」だけではありません。
そこに込められた土地の記憶や、人々の知恵まで含めて、次の世代へ残していく。
それが、トーチが日本各地を訪ねる理由です。
次回は、沖縄へ。
長寿の島として知られる沖縄の食卓から、地域の食文化と暮らしを見つめます。
トーチと一緒に、日本の宝ものを探す旅へ。

