連載小説《気の森の記録》─失われた循環の謎─ [2/7]
【二日目】第二章 森の入口で消えた香り
翌朝、灯は祖母の家を出て、気の森へ向かった。
村の空気はどこか重く、かつて感じた草木の香りが薄れている。
森の入口に立つと、灯は違和感を覚えた。
香りが、ない。
子どもの頃、この森は湿った土と草の匂いが混ざり合い、深く吸い込むだけで体が軽くなるような感覚があった。
しかし今は、まるで森が息を潜めているようだ。
森に入ると、足元の土が乾いていることに気づく。
葉の色もどこか鈍い。
「本当に、循環が弱っている……?」
灯は祖母の手帳を思い出す。
森の“気”が弱ると、人の体の“声なき不調”が増えると書かれていた。
そのとき、背後から声がした。
「灯さん、戻ってきたんですね」
振り返ると、村の青年・葛葉蒼(くずは あお)が立っていた。
祖母の弟子であり、今は村の薬草を管理している人物だ。
「蒼くん……久しぶり」
蒼は森を見渡し、ため息をついた。
「森、変わったでしょう。
ここ数年で急に弱ったんです。
村の人たちも、原因不明の不調を訴えるようになって……」
灯は思わず言った。
「祖母の手帳に、“黒い茸”のことが書いてあったの。
それが鍵だって」
蒼の表情が一瞬だけ強張った。
「……黒い森茸ですか。
あれは、森の“気の循環”を象徴する存在です。
でも、最近はほとんど見つからなくて」
灯は手帳を握りしめた。
「私は確かめたい。
祖母が何を残そうとしたのか」
蒼は静かにうなずいた。
「なら、森の奥へ行きましょう。
ただし、気をつけて。
森は今、眠っているようで……どこか不安定なんです」
二人は森の奥へと歩き出した。
その先に、何が待っているのかも知らずに。
