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土曜日企画 エッセイ

【土曜日企画】トーチが訪ねる 日本の宝もの ①⑦

第1シリーズ「日本の健康食材を訪ねる」

第7話 飛騨の山菜文化

― 山の恵みをいただく、日本人の知恵 ―

日本には、都会ではなかなか見えなくなった「食の風景」があります。

春になると山へ入り、芽吹いたばかりの山菜を摘む。

採れた山菜を下処理し、保存し、季節の食卓に並べる。

それは、単に食材を採るという行為ではありません。

自然の変化を感じ、季節を読み、その土地で暮らしていくための知恵でした。

今回、トーチが訪ねるのは、岐阜県飛騨地方。

山々に囲まれたこの地域には、昔から山の恵みを食卓に取り入れてきた文化があります。

そこで出会うのが、わらび、ぜんまい、ふき、うどなどの山菜です。


山菜は「春のごちそう」だった

今では山菜というと、

「少し珍しい食材」

「旅館や料理店で食べるもの」

というイメージを持つ人もいるかもしれません。

しかし、かつての山里では、山菜はもっと身近な存在でした。

雪が解け、山に春がやってくる。

その季節になると、人々は山へ入り、その時期にしか採れないものをいただく。

冬の間に不足しがちだった食材を補いながら、春の訪れを食卓で感じる。

山菜には、そんな季節の暮らしが刻まれています。

「旬」という言葉があります。

一年中、同じものを食べられる現代では忘れがちですが、本来の食卓には、

「その季節だから食べる」

という考え方がありました。

飛騨の山菜文化には、その感覚が今も残されています。


苦みや香りも、山の個性

山菜を食べたとき、

「少し苦い」

「独特の香りがする」

と感じたことはないでしょうか。

それも山菜の魅力です。

野菜や果物のような甘さだけではありません。

苦み、香り、歯ごたえ。

一つひとつの山菜が、それぞれ違った個性を持っています。

そして、その個性を楽しむためには、下処理や調理にも知恵が必要です。

アク抜きをする。

茹でる。

水にさらす。

干して保存する。

塩漬けにする。

昔の人々は、山から採ってきたものを、そのまま食卓に並べていたわけではありません。

「どうすれば、この恵みをおいしく、長くいただけるのか」

その工夫を積み重ねてきたのです。

そこには、長い年月をかけて培われた生活の知恵があります。


「採る」だけではない山の文化

山菜文化を考えるとき、大切なのは「何を採るか」だけではありません。

いつ採るのか。

どこに生えているのか。

どのくらい採るのか。

来年も採れるようにするにはどうするのか。

山と共に暮らしてきた人々は、自然を単なる「資源」として見ていたわけではありません。

山には山の季節があり、山の状態があります。

その変化を感じながら、必要な分だけ恵みをいただく。

そこには、自然と人間との距離を考える知恵があります。

現代の私たちは、欲しいものを欲しいときに手に入れられる便利な生活をしています。

だからこそ、

「その季節にしか食べられない」

「その土地でしか出会えない」

という価値が、かえって新鮮に感じられるのかもしれません。


山菜が教えてくれる「旬」の意味

一年を通してスーパーへ行けば、ほとんどの野菜を手に入れることができます。

便利なことは、間違いなく素晴らしいことです。

しかし、その便利さの一方で、私たちは「旬」を意識する機会を失いつつあります。

春には春のもの。

夏には夏のもの。

秋には秋のもの。

冬には冬のもの。

昔の日本人にとって、季節はカレンダーを見るものではなく、食卓で感じるものでもありました。

山菜は、その象徴の一つです。

芽吹きを見て春を知る。

香りを感じて季節を知る。

旬のものを食べて、自然の移ろいを感じる。

それは、食べることを通じて自然とつながる暮らしだったのではないでしょうか。


トーチが大切にしたい「土地の味」

トーチが日本各地の食材に目を向ける理由も、ここにあります。

私たちが探しているのは、単に「珍しい商品」ではありません。

その土地だからこそ生まれたもの。

その土地の気候や風土を生かしているもの。

長く受け継がれてきた知恵が詰まっているもの。

そして、それを大切に作り続けている人がいるもの。

そうしたものには、価格だけでは測れない価値があります。

山菜も同じです。

山から採れるから価値があるのではありません。

そこには、

土地があり、季節があり、人の知恵がある。

その三つが重なって、一つの食文化になっています。


便利な時代だからこそ、残したいもの

飛騨の山々を思い浮かべると、雪に閉ざされた冬と、芽吹きの春がはっきりと浮かんできます。

そして春になれば、山は再び恵みを与えてくれる。

その恵みをいただきながら、人々は次の季節へ進んでいく。

こうした暮らしは、効率だけを考えれば決して便利ではありません。

けれども、そこには現代の私たちが忘れかけているものがあります。

季節を感じること。

土地を知ること。

食べ物を大切にすること。

そして、自然から必要なものをいただくという感覚です。

トーチが日本各地を訪ねるのは、そんな「残していきたい価値」を見つけるためでもあります。


山の恵みを、次の世代へ

食文化は、商品だけでは残りません。

作る人がいて、

食べる人がいて、

その意味を伝える人がいて、

初めて次の世代へ受け継がれていきます。

飛騨の山菜文化も、長い年月をかけて人から人へ伝えられてきたものです。

山へ入る時期。

採り方。

下処理の方法。

保存の知恵。

おいしく食べる方法。

一つひとつは小さな知恵でも、それが積み重なれば、地域を代表する食文化になります。

トーチは、そうした日本各地に残る「小さな宝もの」に光を当てていきたいと思っています。


今日も、土地の物語を探しに。

飛騨の山菜を知ると、山菜を見る目が少し変わるかもしれません。

そこにあるのは、単なる山の食材ではありません。

山と暮らしてきた人々の歴史。

季節を読む知恵。

自然から恵みをいただく文化。

そして、それを次の世代へ残そうとする思いです。

日本には、まだまだ知られていない「良いもの」があります。

トーチはこれからも日本各地を訪ねながら、

「本当に良いものは、良い人と良い土地から生まれる」

という思いを大切に、その物語を皆さんに届けていきます。

次に訪ねるのは、熊本。

そこには、古くから日本人の食卓を支えてきた「雑穀」の文化があります。

トーチが訪ねる、日本の宝もの。

次回も、ぜひお付き合いください。

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