連載【一粒の値段――「高い」と言われたドライフルーツの秘密】 第3話
第3話 果物の水分が抜けるということ
「ねえ、健一」
朝食のテーブルで、美紀が言った。
「この前のドライフルーツの話、ちょっと分かってきた気がする」
「おっ、それはよかった」
「乾燥させると水分が抜けるから、小さくなるんだよね」
「そう」
「でもね……」
美紀は、冷蔵庫から取り出した生のぶどうを一粒、指先でつまんだ。
「水分が抜けるって、そんなに大きなことなの?」
健一は笑った。
「実は、そこがドライフルーツを理解するうえで、一番大事なところかもしれないよ」
「そんなに?」
「うん。だって、生の果物とドライフルーツの違いって、見た目以上に大きいから」
美紀は、手のひらの上のぶどうを見つめた。
「見た目以上……?」
「そう。今日はそこを考えてみよう」
■私たちが「果物」として食べているもの
普段、私たちは果物をそのまま食べます。
ぶどうなら、皮をむいたり、切ったりすることなく、そのまま口に入れられます。
噛んだ瞬間、
ぷつっと皮が弾け、
果汁が広がります。
「みずみずしい」
「甘い」
「ジューシー」
そんな感覚があります。
この「みずみずしさ」は、生の果物の大きな特徴です。
ところが、その果物から水分を取り除いていくと、姿が変わります。
柔らかくみずみずしかった果実が、
小さくなり、
軽くなり、
食感も変わります。
同じ果物なのに、まったく違う食品のように感じるほどです。
つまり、ドライフルーツを理解するには、
「果物から水分を抜く」という加工が、果物に何を起こすのか
を知る必要があります。
■水分が抜けると、なぜ小さくなる?
想像してみてください。
水分をたっぷり含んだスポンジがあります。
それをぎゅっと絞れば、水が抜けて小さくなります。
果物の乾燥も、イメージとしてはこれに近い部分があります。
もちろん、実際の乾燥工程は単純に絞るわけではありません。
時間をかけて水分を取り除いていきます。
すると、果実の中にあった水分が減り、
重さが減る。
大きさが変わる。
食感が変わる。
そして、私たちが手に取るドライフルーツになります。
ここで大切なのは、
「果物が消えた」のではないということです。
水分が取り除かれたことで、果物の姿が変わった。
これが基本です。
■「かさ」が減るということ
ドライフルーツが高く見える理由の一つに、
「かさが減る」
ということがあります。
生のぶどうなら、一房を皿に置けば、かなりの存在感があります。
ところが、乾燥させると一気に小さくなります。
同じ果実から作っているのに、
「こんなに少なくなったの?」
と思うほどです。
そのため、消費者からすると、
「量が少ない」
「だから高い」
と感じやすくなります。
しかし、ここには一つの落とし穴があります。
私たちが見ている「量」は、
重さや大きさでしか見ていない
からです。
ドライフルーツの場合、
「どれだけの水分が抜けたのか」
まで考えなければ、その商品の成り立ちは見えてきません。
■ドライフルーツは「水分を捨てた商品」なのか?
美紀が首をかしげた。
「じゃあ、ドライフルーツって、水分を捨てただけなの?」
「そう考えると、ちょっと違うんだよ」
「どう違うの?」
「水分を減らすことで、果物の保存性や食べ方そのものを変えているんだ」
生の果物は、みずみずしいからこそおいしい。
しかし、その一方で、水分を多く含む食品は、長期間そのまま保存することが簡単ではありません。
そこで昔から、人は果物や野菜などを乾燥させてきました。
太陽の力を利用したり、風を利用したりしながら、水分を減らして保存する。
これは、冷蔵庫も冷凍庫もなかった時代から続く、食品を長く利用するための知恵の一つです。
ドライフルーツは、単に「小さくした果物」ではありません。
果物の水分を減らし、別の食べ方・保存の形に変えた食品なのです。
■「生」と「乾燥」は、価値の方向が違う
ここで、少し考えてみましょう。
生のぶどうには、生のぶどうの良さがあります。
みずみずしさ。
果汁。
その場で食べる楽しさ。
一方、ドライフルーツには、ドライフルーツの良さがあります。
持ち運びやすい。
保存しやすい。
少量でも食べやすい。
そして、生の果物とは違う食感や味わいを楽しめる。
つまり、
「生のほうが上」
でも、
「ドライのほうが上」
でもありません。
それぞれに違う価値があります。
だから、生のぶどうとドライフルーツを単純に価格だけで比べるのではなく、
「何を目的に、どんな形で果物を楽しむのか」
という視点が大切なのです。
■では、なぜドライフルーツは「高く見える」のか
ここまで分かると、最初の疑問に少し答えが見えてきます。
ドライフルーツは、
生の果物から水分を抜きます。
すると、
重量が減ります。
体積も減ります。
見た目の量も減ります。
しかし、乾燥前には、当然その果物が存在しています。
つまり、
完成した袋の中身だけを見ていると、乾燥前に必要だった果実の存在が見えなくなる
のです。
これが、
「少ないのに高い」
と感じる理由の一つです。
価格を見るときには、
「完成品の重さ」だけを見るのではなく、「何を原料にして、そこから何をして商品にしたのか」
を見る必要があります。
■トーチが「一粒の背景」を伝えたい理由
トーチがドライフルーツを紹介するとき、
「おいしいですよ」
「高級ですよ」
「長野県産ですよ」
という言葉だけで終わらせたくないと考えています。
なぜなら、商品の価値は、袋の中だけでは分からないからです。
その前には、
果物を育てる人がいて、
収穫する時期があり、
原料を選ぶ判断があり、
加工する工程があります。
そして、果物から水分を取り除くことで、
生の果物とは違う姿の商品になります。
一袋のドライフルーツを見ると、
小さな粒が入っているだけに見えるかもしれません。
でも、その一粒には、
「生の果物だった時間」
があります。
それを知ってもらうことも、商品の価値を伝える大切な仕事だと、トーチは考えています。
■美紀の見方が変わった
「なるほど……」
美紀は、テーブルの上に置かれたドライフルーツを見た。
「前は、これを見て『少ないな』って思ってた」
「うん」
「でも今は、ちょっと違って見える」
「どう?」
「この小さな一粒になる前には、もっと大きな生の果物があったんだなって」
健一がうなずいた。
「そういうこと」
「じゃあ……」
美紀は袋の裏側に目を向けた。
「次に気になるのは、この果物そのものの値段かな」
「そうだね」
「ナガノパープルやシャインマスカットって、そもそも安い果物じゃないよね?」
健一は笑った。
「そこに気づいたら、次の話はかなり面白くなるよ」
美紀は商品ページをもう一度開いた。
今度は、値段だけを見るのではなかった。
「この一粒は、どんな果物から生まれたんだろう?」
そう考えながら、画面を見つめていた。
次回予告
第4話
原料となる果物そのものの価格
ドライフルーツの価格を考えるとき、忘れてはいけないもの。
それは、原料となる果物そのものの価値です。
なぜナガノパープルなのか。
なぜシャインマスカットなのか。
そもそも、これらの果物は一般的なぶどうと何が違うのでしょうか。
次回は、「原料の価格」からドライフルーツの値段を考えます。
今回のポイント
- 生の果物は水分を多く含んでいる
- 乾燥すると水分が抜け、重量・体積・食感が変わる
- 「小さくなった=果物が少なくなった」ということではない
- ドライフルーツは、果物を別の形に加工した食品
- 生の果物とドライフルーツには、それぞれ異なる価値がある
- 価格を見るときは「完成品の量」だけでなく「原料と加工」を見ることが重要
次回、第4話「原料となる果物そのものの価格」へ続く。

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