連載【一房の葡萄を選ぶ理由――信州の果実がドライフルーツになるまで】 第7話
第7話 果実の個性は加工するとどうなるのか
「生の葡萄とドライフルーツって、同じ葡萄なのに、どうしてこんなに印象が違うんでしょう?」
美紀は、テーブルの上に並べたナガノパープルとシャインマスカットを見比べた。
片方は、みずみずしい生の葡萄。
もう片方は、乾燥して小さくなったドライフルーツ。
「前回、皮ごと味わうことについて話しましたよね」
「そうだね」
「でも、乾燥させると、果実の個性も変わってしまうんじゃないですか?」
健一は、ドライフルーツを一粒つまんだ。
「変わるよ。でも、それは『なくなる』という意味ではないんだ」
その言葉が、今回の話の出発点だった。
■ 生の葡萄と、ドライフルーツは同じではない
生の葡萄には、水分があります。
一粒を口に入れると、果汁が広がる。
皮を噛めば、パリッとした食感がある。
香りが鼻に抜け、甘さが口いっぱいに広がる。
ところが、ドライフルーツになると、その姿は大きく変わります。
水分が減る。
粒が小さくなる。
食感が変わる。
そして、味の感じ方も変わります。
「じゃあ、ドライにすると、葡萄らしさがなくなるんですか?」
「そうじゃない」
健一は答えた。
「生の葡萄と同じではない。でも、葡萄そのものの個性を別の形で感じられるんだ」
ここが、ドライフルーツの面白いところです。
生の果物をそのまま再現するのではなく、乾燥という加工によって、新しい食べ方をつくる。
それがドライフルーツです。
■ 水分が減ると、味の感じ方が変わる
生の葡萄は、果実の中に多くの水分を含んでいます。
その水分が減っていくと、果実は小さくなります。
すると、一粒を食べたときの味わい方も変わります。
生の葡萄なら、
「ジューシーでおいしい」
という印象が強い。
ドライフルーツなら、
「葡萄の味が濃く感じられる」
という楽しみ方ができます。
もちろん、これは生の葡萄と同じ味になるということではありません。
むしろ、
「生とは違うからこそ、ドライフルーツとして楽しむ」
という考え方が大切です。
美紀は、二つの葡萄を食べ比べた。
「生は爽やかですね」
「うん」
「ドライにすると、ゆっくり味わう感じがします」
「それもドライフルーツの魅力だね」
一粒をすぐに飲み込むのではなく、噛みながら味わう。
そんな食べ方ができるのも、乾燥させた果物ならではです。
■ では、加工すると「品種の違い」は消えるのか
ここで、もう一つの疑問が出てきます。
ナガノパープルとシャインマスカット。
どちらも葡萄です。
どちらも甘い。
どちらも皮ごと食べやすい。
「乾燥させたら、二つとも同じような味にならないんですか?」
美紀が尋ねた。
「それは、実際に食べ比べると分かるよ」
ナガノパープルのドライフルーツ。
続いて、シャインマスカットのドライフルーツ。
美紀は一粒ずつ口に入れた。
「……違いますね」
「でしょう?」
ナガノパープルには、ナガノパープルらしい味わいがあります。
シャインマスカットには、シャインマスカットらしい香りがあります。
乾燥によって食感や味の感じ方は変わっても、
原料となった葡萄の個性まで同じになるわけではありません。
だからこそ、原料選びが重要なのです。
■ 「加工すれば何とかなる」ではない
食品を加工するとき、
「加工方法を工夫すれば、おいしくできる」
と考えることがあります。
もちろん、加工技術は重要です。
しかし、加工だけで原料の価値をつくり出せるわけではありません。
むしろ、
原料の良さをどう活かすか。
これが加工の役割です。
ナガノパープルなら、その葡萄らしさを活かす。
シャインマスカットなら、その葡萄らしさを活かす。
そのためには、原料そのものを知っておく必要があります。
甘さ。
香り。
食感。
皮。
そして、品種としての個性。
それらを理解したうえで加工する。
だから、私たちは「ドライフルーツをつくる」前に、「どんな葡萄を使うのか」を大切にしているのです。
■ ここで「砂糖を加えない」ことが重要になる
「でも、ドライフルーツって、もっと甘いものもありますよね?」
「そうだね」
「砂糖を加えれば、もっと甘くできますよね?」
「できる」
健一は、はっきり答えた。
「でも、私たちはそうしない」
トーチのドライフルーツでは、砂糖を添加しません。
ここは、商品づくりの重要なポイントです。
なぜなら、砂糖を加えて甘さをつくってしまうと、
「葡萄本来の甘さなのか」
「砂糖による甘さなのか」
が分かりにくくなるからです。
私たちが届けたいのは、
砂糖で甘くした葡萄ではありません。
葡萄そのものが持っている甘さを活かしたドライフルーツです。
だから、砂糖を加えない。
■ オイルも使わない
「じゃあ、オイルは?」
「それも使わない」
トーチのドライフルーツでは、オイルなどの添加物も使用しません。
これも、「何も使わないこと」が目的なのではありません。
目的は、
葡萄の個性を邪魔しないこと。
ナガノパープルには、ナガノパープルの味わいがあります。
シャインマスカットには、シャインマスカットの香りがあります。
そこに砂糖やオイルなどを加えて、別の味や食感をつくるのではなく、
果実そのものを主役にする。
それが、トーチの考え方です。
■ 「足さない」からこそ、原料の違いが分かる
美紀は、二種類のドライフルーツをもう一度食べ比べた。
「もし砂糖をたくさん加えていたら、二つの違いが分かりにくくなるかもしれませんね」
「そうなんだ」
「同じように甘い味になってしまうから」
「だから、できるだけ余計なものを足さない」
原料の味を隠さない。
品種の違いを隠さない。
葡萄の個性を別の味で上書きしない。
そのために、
砂糖を加えない。
オイルを加えない。
そして、
果実そのものを活かす。
これが、加工に対する私たちの基本的な考え方です。
■ 「無添加」を前面に出すだけでは足りない
ここで、健一は少し考えた。
「ただ、『砂糖不使用です』『オイル不使用です』と言うだけでも、商品の特徴は伝わるかもしれない」
「でも、それだけでは足りない?」
「そう思う」
大切なのは、
なぜ使わないのか。
ということです。
「健康に良さそうだから」
という理由だけではありません。
「無添加だから高級」
という話でもありません。
もっと根本的な理由があります。
それは、
選んだ葡萄そのものに価値があるから。
その価値を、別の材料で隠したくない。
だから、砂糖を加えない。
だから、オイルなどの添加物も使わない。
この考え方を知ってもらうことが、商品の価値を理解してもらうことにつながります。
■ 「加工」は、果実の価値を引き出す仕事
果物を加工するというと、
「何かを加える」
というイメージがあります。
砂糖を加える。
香料を加える。
油脂を加える。
調味する。
もちろん、そうした加工方法もあります。
しかし、トーチが目指すのは少し違います。
素材の魅力を引き出すための加工。
つまり、「足し算」だけではなく「引き算」も大切にする。
水分を減らす。
でも、砂糖は足さない。
オイルも足さない。
果実の味を別の味に変えない。
そうやって、果実の個性をできるだけ活かす。
これは、とてもシンプルな考え方です。
しかし、シンプルだからこそ、原料の良し悪しが問われます。
■ ナガノパープルは、ナガノパープルらしく
ナガノパープルをドライフルーツにする。
そのとき、
「葡萄なら何でもいい」
ではありません。
ナガノパープルを選んだのなら、
ナガノパープルらしさを届けたい。
深い色。
甘さ。
香り。
皮ごと食べられる個性。
それらを含めて、一つの葡萄です。
だから、砂糖で甘さを上書きしない。
オイルで別の味わいをつくらない。
果実そのものを活かす。
これが、ナガノパープルを選んだ意味につながります。
■ シャインマスカットは、シャインマスカットらしく
同じことが、シャインマスカットにも言えます。
シャインマスカットを選んだなら、
シャインマスカットらしさを届けたい。
爽やかな香り。
甘さ。
皮ごと食べられる食べやすさ。
独特の食感。
それが、シャインマスカットの個性です。
砂糖を加えて、ただ甘いドライフルーツにするのではありません。
オイルなどを加えて、別の食感をつくるのでもありません。
できるだけ、
「シャインマスカットを食べている」
と感じてもらえるようにする。
それが、加工する側の仕事だと考えています。
■ 生産者が育てたものを、次の人へつなぐ
果樹園に戻ると、一房の葡萄が風に揺れていた。
美紀が言った。
「こう考えると、ドライフルーツって、生産者さんが育てた葡萄を、次の形にして届ける仕事なんですね」
「そうだね」
生産者が葡萄を育てる。
収穫する。
その果実を選ぶ。
そして加工する。
その先に、お客様がいる。
だから、加工する側が勝手に味をつくってしまうのではなく、
生産者が育てた果実の個性を、次の人へつなぐ。
そんな気持ちで商品をつくりたい。
そのために、砂糖を加えない。
オイルも加えない。
果実そのものを活かす。
シンプルですが、そこには明確な理由があります。
■ 「同じ葡萄」ではなく、「違う二つの個性」
ナガノパープル。
シャインマスカット。
生で食べれば、それぞれ違った魅力があります。
そして、乾燥させても、その違いは残ります。
もちろん、食感も味の感じ方も変わります。
でも、それは悪いことではありません。
むしろ、
生とは違った形で、品種の個性を楽しめる。
それがドライフルーツの面白さです。
だからこそ、
「どんな葡萄を使うか」
が重要になる。
そして、
「どんな加工をするか」
も重要になる。
この二つがそろって、初めて商品の価値が生まれるのです。
■ 一房の葡萄から、ドライフルーツへ
美紀は、最後にもう一度、二種類のドライフルーツを食べ比べた。
「生の葡萄とは違うけど、ちゃんとそれぞれの個性がありますね」
「うん」
「そして、砂糖を加えていないから、甘さも葡萄そのものなんですね」
「そう」
「オイルも使わないから、余計な味もない」
健一はうなずいた。
「だから、原料が大切なんだよ」
良い原料を選ぶ。
その果実を丁寧に加工する。
そして、砂糖やオイルなどで別の味をつくるのではなく、
果実そのものの価値を活かす。
それが、今回の答えでした。
■ 果実の個性を「消さない」
ドライフルーツは、果物を乾燥させることで、生とは違った味わいを生み出します。
しかし、
加工=別の食品に作り変えること
ではありません。
私たちが目指しているのは、
「葡萄の個性を残したまま、新しい食べ方をつくること」
です。
だから、
砂糖を加えない。
オイルを加えない。
余計な味を足さない。
果実そのものを活かす。
ナガノパープルなら、ナガノパープルらしく。
シャインマスカットなら、シャインマスカットらしく。
それぞれの個性を、そのまま次の食べ方へつなげる。
それが、トーチのドライフルーツづくりです。
■ 次に考えたい「産地」の価値
ここまで、原料となる葡萄そのものについて考えてきました。
品種。
甘さ。
香り。
食感。
皮。
そして、加工方法。
しかし、もう一つ忘れてはいけないものがあります。
それが、
「どこで育ったのか」
ということです。
同じ品種でも、育つ場所が違えば、栽培環境も違います。
気候。
土壌。
日照。
生産者。
地域の栽培技術。
そして、そこに積み重ねられてきた歴史。
果物は、工場でつくられる製品とは違います。
土地の影響を受けながら育つ農産物です。
だからこそ、
「長野県産であることには、どんな意味があるのか?」
という疑問が生まれます。
次回は、
第8話「『産地』が商品の価値になる理由」
として、長野という土地に目を向けてみます。
一房の葡萄から始まった物語は、少しずつ「その葡萄が育った場所」へ広がっていきます。
今回のポイント
- 生の葡萄とドライフルーツは同じではないが、乾燥後にも品種の個性は活かせる
- 乾燥によって水分が減り、生とは違った味わい方が生まれる
- ドライフルーツでは、原料の個性を活かす加工が重要
- 砂糖を添加せず、葡萄本来の甘さを活かす
- オイルなどの添加物も使用せず、余計な味や食感を加えない
- 「無添加」という言葉だけではなく、**「葡萄そのものの価値を活かすために加えない」**ことが重要
- ナガノパープルはナガノパープルらしく、シャインマスカットはシャインマスカットらしく
- 加工とは、素材の個性を消すことではなく、新しい食べ方へつなぐこと
第8話「『産地』が商品の価値になる理由」へ続く。

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