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エッセイ

連載【一房の葡萄を選ぶ理由――信州の果実がドライフルーツになるまで】 第3話

第3話 シャインマスカットというブドウ

「ナガノパープルの次は、こっちですね」

美紀は、棚に並んだ緑色の葡萄を手に取った。

「シャインマスカット」

房を見ただけでも、ナガノパープルとは印象がまったく違う。

深い紫色ではない。

鮮やかな黄緑色。

粒は大きく、丸みがあり、見た目にも華やかだ。

「この葡萄は、どうしてこんなに人気があるんでしょう?」

健一は、一粒を眺めながら答えた。

「実は、シャインマスカットは昔からある葡萄じゃないんだ」

「えっ?」

「2006年に品種登録された、日本生まれの比較的新しい品種なんだよ」

シャインマスカットは、農研機構が育成した品種です。

「ブドウ安芸津21号」と「白南」を交配して生まれ、マスカット由来の香りと、食べやすい食感などを持つ葡萄として育成されました。農研機構によれば、糖度は18%以上になることがあり、酸味が少なく、マスカット香が特徴です。

「なるほど……。人気が出たのには、ちゃんと理由があるんですね」

「そう。名前だけが有名になったわけじゃない」


■ 一口食べれば、違いが分かる

シャインマスカットの魅力は、まず香りにあります。

房に近づけると、ふわっと広がるマスカットの香り。

そして、口に入れる。

パリッ。

「……!」

美紀の表情が変わった。

「皮が薄いのに、ちゃんと歯ごたえがありますね」

シャインマスカットは、皮ごと食べられることも大きな特徴です。

果皮には渋みが少なく、種なし栽培も可能です。農林水産省も、シャインマスカットについて「大粒」「高い糖度」「マスカット香」「皮ごと食べられる」といった特徴を紹介しています。

「葡萄って、皮をむくものだと思っていました」

「そういう葡萄も多いよね。でも、この葡萄は違う」

皮をむく必要がない。

種を気にする必要もない。

そして、噛んだときの食感と香りを、そのまま楽しめる。

この「食べやすさ」と「おいしさ」の両方を持っていることが、シャインマスカットの大きな魅力なのです。


■ 甘いだけの葡萄ではない

「やっぱり、シャインマスカットも糖度が高いことがポイントなんですか?」

「もちろん甘さは魅力の一つ。でも、それだけじゃないよ」

これは、ナガノパープルのときにも出てきた話でした。

果物の価値を「糖度」という一つの数字だけで判断してしまうと、その果物が持っている個性を見落としてしまいます。

シャインマスカットの場合は、

甘さ。

爽やかなマスカット香。

パリッとした食感。

皮ごと食べられること。

これらが一緒になって、「シャインマスカットらしさ」をつくっています。

だからこそ、ドライフルーツにするときにも、その個性をどう活かすかが重要になります。


■ 生でおいしい葡萄を、なぜ乾燥させるのか

「でも……」

美紀が少し首をかしげた。

「シャインマスカットって、生で食べるのが一番おいしいんじゃないですか?」

その疑問はもっともでした。

みずみずしい果汁。

爽やかな香り。

パリッとした食感。

それがシャインマスカットの魅力なら、乾燥させてしまうと、その魅力がなくなってしまうようにも思えます。

しかし、ドライフルーツには、生とは違った楽しみ方があります。

乾燥によって水分が減ることで、一粒の中にあった味わいを、別の形で感じることができます。

もちろん、生のシャインマスカットと同じものになるわけではありません。

むしろ、

「生とは違うからこそ、ドライフルーツとして楽しむ意味がある」

のです。

生の葡萄をそのまま再現するのではなく、シャインマスカットが持つ甘さや香りを、別の食べ方へつなげる。

そこに、加工する意味があります。


■ だから「何を加えるか」が重要になる

ドライフルーツをつくるとき、甘さを強くしたければ砂糖を加える方法があります。

表面を整えたり、食感を調整したりするために、油脂などを使う商品もあります。

しかし、トーチが考えたのは、

「それでは、シャインマスカットそのものの魅力はどうなるんだろう?」

ということでした。

シャインマスカットには、もともと甘さがあります。

そして、特徴的な香りもあります。

だったら、

その味を、砂糖でつくり直す必要はない。

そう考えました。

トーチのシャインマスカットのドライフルーツは、砂糖を添加して甘さを足しません。

また、オイルなどの添加物も使用しません。

余計な味を加えるのではなく、果実そのものを活かす。

それが、私たちの考えるドライフルーツです。

「ということは……」

美紀が袋の中をのぞき込む。

「甘いのは、砂糖の甘さじゃなくて、葡萄の甘さなんですね」

「そういうこと」


■ 「無添加」という言葉だけを売りにしたいわけではない

ここで、もう一つ大切なことがあります。

「砂糖不使用」「オイル不使用」という言葉だけを見て、

「だから良い商品なんだ」

と決めてしまうのも、少し違います。

大切なのは、

なぜ、加えないのか。

その理由です。

シャインマスカットそのものに、甘さや香りという魅力がある。

だから、その魅力を活かすために、余計な味付けをしない。

これがトーチの考え方です。

「何も加えないこと」そのものが目的なのではありません。

原料の個性を邪魔しないために、加えない。

ここが大切なのです。


■ 二つの葡萄は、似ているようで違う

美紀は、ナガノパープルとシャインマスカットを並べてみた。

左には深い紫色。

右には鮮やかな黄緑色。

「同じ葡萄なのに、ずいぶん違いますね」

「だから、この二つを選んだんだよ」

ナガノパープルには、深い色とコクのある味わい。

シャインマスカットには、鮮やかな色と爽やかなマスカット香。

どちらも甘さがあります。

どちらも皮ごと食べやすいという特徴があります。

しかし、個性は違います。

だからこそ、ドライフルーツにしたときにも、それぞれ違った魅力を楽しめる可能性があります。

「なるほど」

美紀がうなずいた。

「どっちが上とか下じゃなくて、それぞれの良さを活かすんですね」

「その通り」


■ 長野で育つシャインマスカット

シャインマスカットは日本全国で栽培されています。

その中でも長野県は、全国有数の産地です。

JA全農長野によれば、長野県のシャインマスカットは北信地域を中心に生産され、出荷時期はおおむね9月中旬から10月です。

「じゃあ、シャインマスカットも長野の果物として大切にされているんですね」

「そう。ナガノパープルと並んで、長野の葡萄を語るうえで欠かせない存在になっている」

長野県の資料でも、シャインマスカット、ナガノパープル、クイーンルージュ®といった、種なしで皮ごと食べられる葡萄の生産が増えていることが紹介されています。

一房の葡萄の向こう側には、産地があります。

生産者がいます。

そして、その土地に合った栽培技術があります。

それらが積み重なって、私たちの手元に一房の果実が届くのです。


■ 緑色の一粒から始まる物語

夕方の果樹園。

西日を浴びたシャインマスカットが、鮮やかな緑色に輝いていた。

美紀が一粒を見ながら言った。

「最初は、ただ高級な葡萄だと思っていました」

「うん」

「でも、知れば知るほど、どうしてこの葡萄が選ばれているのか分かってきました」

シャインマスカットは、単に「甘い葡萄」ではありません。

日本で生まれた品種。

大粒の果実。

高い糖度。

爽やかなマスカット香。

皮ごと食べられる食べやすさ。

そして、パリッとした独特の食感。

それらが組み合わさって、シャインマスカットという一つの個性になっています。

だからこそ、その果実をドライフルーツにするなら、その個性を大切にしたい。

砂糖で甘さを足すのではなく、

オイルで別の食感をつくるのでもなく、

果実そのものの魅力を活かす。

それが、トーチの考える加工です。

「生の葡萄」と「ドライフルーツ」。

形は違っても、出発点は同じです。

一粒の果実。

その果実が持っている価値を、どうすれば別の形で届けられるのか。

その答えを探すことが、加工する意味なのかもしれません。


■ 二つの葡萄を選んだ理由が、少し見えてきた

ナガノパープル。

シャインマスカット。

二つの葡萄を並べてみると、違いがよく分かります。

紫と緑。

コクと爽やかな香り。

それぞれに違った個性があります。

だからこそ、二つをドライフルーツにする意味がある。

そして、もう一つ分かったことがあります。

良い原料を選ぶだけでは、良いドライフルーツにはならない。

その原料の魅力を壊さない加工が必要なのです。

砂糖を加えれば、甘くすることはできます。

オイルを使えば、別の食感をつくることもできます。

しかし、それでは「その葡萄を選んだ意味」が薄れてしまうかもしれない。

私たちが届けたいのは、

「葡萄味の甘いお菓子」ではありません。

ナガノパープルならナガノパープル。

シャインマスカットならシャインマスカット。

その果実が持っている個性を、ドライフルーツという形で味わってもらうこと。

それが、この商品の出発点です。

そして次に考えたいのは、

「そもそも、生で食べるための果物を、なぜ乾燥させるのか?」

ということ。

生の果物を、そのまま食べる。

それが一番自然な食べ方なのかもしれません。

それでも、あえて乾燥させる。

そこには、単なる保存方法とは違う意味があります。

次回、第4話「生で食べるための果物を乾燥させる意味」へ続く。

今回のポイント

  • シャインマスカットは農研機構が育成し、2006年に品種登録された日本生まれの品種
  • 高い糖度だけでなく、マスカット香・食感・皮ごと食べられることが魅力
  • 長野県も全国有数のシャインマスカット産地
  • トーチは砂糖やオイルを加えて甘さや味をつくるのではなく、果実そのものを活かす
  • 「無添加だから良い」のではなく、「果実の個性を活かすために余計なものを加えない」
  • ナガノパープルとシャインマスカットは、異なる個性を持つからこそ、二つを選ぶ意味がある

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