「霊芝」って何? 読み方は? キノコ? れいしば?
答え 読みは「れいし」です。
【霊芝(れいし)】は、万年茸(マンネンダケ・さるのこしかけ)のことです。
霊芝(中国の呼び名)=万年茸(日本の呼び名)
- 「霊芝」は中国由来の呼称で、「霊妙な力を持つキノコ」の意味です。古来、「芝」と呼ばれいたキノコですが、その霊妙なる力の由縁から「霊芝」と呼ばれるようになりました。
- 日本では愛されてきた「万年茸」、非常に長く枯れずに存在することから「万年も生きる茸」→「万年茸」と呼ばれてきました。
- 「さるのこしかけ」は、木の幹に張り付いて生える姿が「猿が腰をかけて休めそう」に見えることからの俗称です。

特徴
- 表面はニスを塗ったように光沢があり、赤褐色〜黒褐色です。
- 傘の裏には白い管孔が密集しており、胞子を放出します。
- 形状や色調には変異があり、生育環境(温度・湿度・樹種)によって異なります。
主な有効成分
- β-グルカン(免疫調整作用)
- トリテルペン類(抗酸化・抗炎症・肝機能保護)
- ガノデルマ酸(血圧・コレステロール抑制)
効能・作用(伝統的見解)
古くから中国の薬学書『神農本草経』では「上薬(常用しても害がない)」として扱われ、
- 免疫力の向上
- 肝機能の保護
- ストレス緩和
- 血圧・血糖の調整
- 抗酸化による老化予防
など、幅広い健康維持作用があるとされています。
中国で霊芝が妙薬とされたのは…
① 道教思想との結びつき
- 中国古代では「不老長寿」への強い憧れがあり、道教の仙人思想と結びついて霊芝は「仙草(せんそう)」=仙人が口にする不老不死の霊薬と考えられるようになりました。
- 秦の始皇帝が「不老不死の薬」を求め、方士を日本や蓬莱の地に派遣した話がありますが、その文脈の中で霊芝も“仙薬候補”として神秘視されました。
② 漢代の文献『神農本草経』
- 中国最古の薬物書『神農本草経』(後漢〜三国時代ごろ編纂)には、霊芝が「上薬」として記録されています。
- 「上薬」とは、副作用が少なく、長期服用で体を養い寿命を延ばす薬。
- 『神農本草経』には、赤芝・黒芝・青芝など6種類が載っており、それぞれ「安神」「補気」「養心」など霊的・肉体的効能が書かれていました。
➡️ この文献により「公式に不老長寿の妙薬」と位置づけられました。
③ 皇帝や権力者の保護と信仰
- 霊芝は自然界で極めて稀にしか見つからず、古代では「発見=瑞兆」とされました。
- 実際に、漢武帝(紀元前2世紀)の時代に「霊芝が宮中の庭に生えた」という記録があり、これは「天が皇帝を祝福している兆し」とされました。
- 以後、霊芝は「皇帝の権威を示す瑞草」とされ、薬効以上に政治的・宗教的象徴として重宝されました。
④ 伝説的なエピソード
- 『後漢書』などには、霊芝を口にした者が長寿を得た、または重病を癒したという逸話が散見されます。
- 唐代には「霊芝を献上した者が褒美を受けた」といった故事も多く、庶民にとっては“手に入れば一攫千金”の幻の薬草でした。
⑤ 芸術・文化への広がり
- 霊芝は単なる薬草以上に「吉祥の象徴」として、絵画・彫刻・陶器・織物の文様に描かれるようになりました。
- 特に「如意(にょい)」という曲がった笏(しゃく)の形は、霊芝のカーブした形から来ており、「思いのままに願いが叶う」という吉祥具に発展しました。
要するに……
霊芝が「妙薬」とされたのは、単なる薬効だけではなく、
- 道教の不老長寿思想
- 『神農本草経』での「上薬」指定
- 皇帝や権力者の象徴としての位置づけ
- 瑞兆伝説と民間伝承
- 芸術や縁起物への展開
といった歴史的・文化的要因が積み重なったことによります。
つまり、霊芝は「薬効」と「権威・信仰・象徴性」が融合して、神秘的な妙薬とされてきたのです。
なぜ、このような逸話が生まれたのでしょう
① 古代中国の病の死因
- 現代のように抗生物質やワクチンがなかったため、感染症・風邪・下痢などの急性疾患で命を落とすことが多かった。
- また、慢性的な疲労や栄養不良からの衰弱死も珍しくありませんでした。
- 「体が弱る → 病にかかる → 命を落とす」という流れが日常的でした。
② 霊芝の“体感”と信仰
- 霊芝に含まれるβ-グルカンやトリテルペン類は、免疫細胞を活性化させることが現代分析で確認されています。
- 古代の人々はそれを数値ではなく「霊芝を摂ったら病気にかかりにくい」「病後の回復が早い」といった体験として捉えていました。
- 結果的に「寿命が延びる」「老いにくい」と信じられ、不老長寿の象徴となったのです。
③ 道教・皇帝のニーズとの融合
- 当時の王侯や権力者にとって「若さを保ち、長く治世を行う」ことは切実な願い。
- 霊芝は「実際に体調が整いやすい」→「これは仙薬に違いない」と思想的に神格化され、政治的にもありがたがられました。
これを現代的に言い換えると
霊芝が「不老の妙薬」とされたのは、
👉 免疫力を底上げし感染症死を減らす=結果として長寿に寄与
👉 当時の人々はそれを“病にかかりにくい”“若さを保つ”と表現
👉 道教や皇帝の不老不死思想がそれを後押ししました
つまり、現代の「免疫サポート」という言葉が、古代では「不老長寿」や「仙薬」と表現されていたと考えられます。
ちなみに… 古代中国に多かった死因は免疫低下と深く関係
🔹 感染症
- 天然痘・麻疹:一度流行すれば多くの人が命を落とした。
- ペストやコレラのような疫病:都市部や戦乱時の衛生悪化で大流行。
- 肺結核(労咳):慢性的に衰弱し死に至る代表的な病。
👉 免疫が弱い人(子ども・高齢者・栄養不良者)が特に犠牲になりました。
🔹 消化器・栄養関連疾患
- 汚染水や食中毒 → 下痢や赤痢で死亡。
- 栄養不良 → 体力低下により感染症で死亡。
👉 今でいう「腸内環境と免疫の関係」を、当時は体験的に感じていた可能性が高いと思われます。
🔹 戦乱や過労からの衰弱
- 長期間の戦や労働 → 慢性的な体力消耗。
- 傷や感染がきっかけで命を落とすことも多かった。
👉 「虚弱体質を補う薬=命を守る薬」として霊芝が重視されました。
